一般小説

青春とは一体なんだったのか――恩田陸「夜のピクニック」

何かを定義するのは、哲学者の仕事であるらしい。世界とは何か。時間とは何か。認識とは何か。言葉とは何か。定義されるのは、きまって、抽象的で、思弁の対象とすることが格好いいものだ。そして哲学者が相手しないような何かを、作家が相手にする。恩田陸…

自分の欲望を持たない者は、他者の欲望の対象を欲望するしかない――西加奈子「うつくしい人」

そのような者は、誰かがほしがるものしか、ほしがることができない。本作の主人公は、まさに、他者の欲望に欲望していたのであり、そのどこまでもいってもキリのない地獄に息苦しさを覚えていた。一方で、姉は、自分の欲望を持つ者<うつくしい人>であった…

ストーナー / ジョン・ウィリアムズ

よかった。非常に地味な主人公の地味な一生を淡々と描いた小説なんだけど、でもだからこそ万人の心を打つ作品となっている。だって、我々はみな凡人なのだから。主人公のストーナーはクソ真面目な文学部助教で、妻との関係がうまくいかなかったり、七面倒な…

死霊 / 埴谷雄高

マジでなにが面白いんだ、これ……。事件らしい事件は何も起こらず、ひたすら思弁的な登場人物がわけのわからない妄想をしゃべり続けるだけ、という話で、しかもその内容があまり面白くない。例えば、私は私である、という自明のことを受け入れることができず…

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 / 村上春樹

まず始めに断っておくが、村上春樹はたいして好きじゃなかった。メッセージがないので、読んでも、だからどうした、というふうにしか思えなかった。また、現実離れした会話も、小癪だった。ところがどうしたわけか、今回の小説はすんなりと読めた。相変わら…

カンガルー・ノート / 安部公房

足のすね毛が全て抜け落ち、かいわれ大根が生えてきてしまった男はやむなく皮膚科を訪ねる。しかし、治療の目途は立たず、ベッドに括りつけられたまま男は下水道に投棄され、そのまま地獄と思しき所に行く。地獄では賽の河原で子どもが石を積んでいるのだが…

箱男 / 安部公房

箱男というのは、傍から見ると段ボールを頭からかぶった浮浪者にすぎない。しかし、箱男はある意味で特権的な地位にいる。彼が体現するのは、いまだかつてない斬新な、のぞきだ。箱男は、自分以外の世界すべてに対するのぞきを行っている。のぞきとは、相手…

光圀伝 / 冲方丁

水戸黄門で知られる水戸光圀の話。徳川幕府が天下統一してしまったあとの、武士たちの存在意義が揺らいでいる時代。その中で光圀は史書編纂に取り組む。人が生きた証を歴史として残すことで、その人はたしかに生きていたのだと、誰かに伝えたいというらしい…

最後の家族 / 村上龍

村上龍の小説のなかでは一番とっつきやすい。なぜなら、特殊な主人公が出てこないからだ。たとえば、同じく引きこもりを題材にした「共生虫」においては、自分を特別だと勘違いしている主人公が、その勘違いを訂正されることもないまま、未知の森の奥へと突…

天人五衰―豊饒の海・第四巻 / 三島由紀夫

茫然としてしまった。なんなのだ。この終わり方は。76歳になってしまった本多は、今まで築き上げてきた理知に飽き、老いの醜さに蝕まれている。そんな本多が、清顕の生まれ変わりとして見出した透は、自分を特別だと思い込んでいる美少年で、現代の文脈でい…

暁の寺―豊饒の海・第三巻 / 三島由紀夫

恍惚のかたまりを輪切りに薄く切って、その一枚一枚をほうばるような、そんな体験でした。 本書の主人公は、肝心なところで人生を思い通りにできなかった本多なのですが、彼はもうなんかどうでもいいやとやけになって、ひたすら快楽を追求しようとします。そ…

奔馬―豊饒の海・第二巻 / 三島由紀夫

三島由紀夫は「豊饒の海」の第四巻の原稿を書き上げた後、自衛隊市ヶ谷駐屯地に日本刀を持って突入し、総監を監禁する、クーデターを促す演説をする、そして割腹自殺をする、という謎の行動に出て変に有名になってしまった人です。 しかし市井の人間には意味…

春の雪―豊饒の海・第一巻 / 三島由紀夫

かつてこれほど僕をにやにやさせた小説があっただろうか。個人的にはドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」を完全に超えた。成金の侯爵の息子で優雅な美少年を地で行く清顕と、大審院判事の息子でとにかく有用な人間になろうとしている本多の物語。これだ…

永遠の旅行者 / 橘玲

中学生の僕の心を最も揺さぶったのが村上龍「希望の国のエクソダス」だとするならば、大学生の僕が最も影響を受けたのはおそらく本書ではないか。 なにせこの本を読んで法曹をめざしたくらいだ。結局、法曹にはなれなかったけれども、本書が提示する法制度の…

ノルウェイの森 / 村上春樹

僕にはハルキストの友人がいる。ハルヒストの友人もいるが、彼については次の機会に譲るとして、今日はハルキストだ。こいつには個人的にかなり助けられたので、その彼が好きな村上春樹をdisるのは気が引ける。だが、断っておく。やっぱり僕は村上春樹が嫌い…

永遠のジャック&ベティ / 清水義範

「これはペンですか?」 「いいえ、ジャックです」 というような、認知症じみた会話が英語の教材においてなされているわけですが、本作は彼ら登場人物たちが中年になってからばったりと再会するという話です。中学生向けの教材には決して出てこないような、…

ゲームの達人 / シドニィ・シェルダン

成功を夢見る青年が裏切られながらもどん底から這い上がっていくストーリー。とにかく楽しい小説。サクセスストーリーというありきたりな展開なんですが、軸がぶれていないというか、王道を邁進しているので安心して読めます。不屈の精神が子どもに受け継が…

この国には何でもある。だが、希望だけがない――村上龍「希望の国のエクソダス」

傑作。日本の教育には問題点が主に2つあって、それは「いじめ」と「学校教育が社会に出て役に立たない」というものです。村上龍はこれらの2つの問題を抜本的に解決するために、全国の中学生が一斉に不登校になればいいと主張します。荒唐無稽に聞こえますが…

All you need is survive――村上龍「五分後の世界」

僕が高校生のころ最も好きだった小説。 この小説に支えられてこの歳まで生きてきました。何度も再読して、もはや血肉と化しているがゆえに、この小説を乗り越えることが個人的な目標であったとさえ言えます。そのために、ここまで多くの本を読み、多くの書評…

「善人」は野たれ死ね――村上龍「愛と幻想のファシズム」

苛烈な一冊。中南米の国家債務のデフォルトを機に世界的な金融危機が起こるが、そうした状況に対して何も抜本的な対策をできない日本政府に人々はうんざりしていた。そこで強い指導力のあるリーダーが求められ、「進歩的」な左翼からファシストと批判されな…

ペテルブルグ / ベールイ

どういうことだ。まるで意味がわからんぞ。ナポコフが20世紀を代表する文学の一つとか褒めてたらしいけど、21世紀の現在にこれを読む価値はまったくない。完全に時間の無駄。話の筋は単純で、政府高官へのテロに当の息子が関与しているというだけなのだが、…

海辺のカフカ / 村上春樹

主人公のカフカ君はとても痛い少年なのだけど、まったくそれを感じさせない強さがある。全裸で生活するシーンとか僕はけっこう好きで、正直「何してんのこいつ」という感じなのだが、不思議となじんでやがる。できる……この男! あとエロいですね。エロい小説…

KYOKO / 村上龍

僕はダンス自体はたいして好きじゃないんですが、ダンスの話はわりと好きで、この小説もダンスが救いになってるとてもいい話です。主人公は昔ダンスを教えてくれた米軍兵士に会いにアメリカまでわざわざ行ったら末期のAIDSで、その男の願いを叶えるために二…

虚人たち / 筒井康隆

作中の登場人物がすべて自分たちは虚構の住人であることを自覚しており、あまつさえ作者の心情を推測しながらこれからのストーリー進行を予測したりするメタフィクション。 作者がなにかを描写するまでは、作中の世界は存在しなく、仮に存在するとしてもそれ…

最後の伝令 / 筒井康隆

筒井康隆の中期の短編集。好きな作品が多く、個人的にはかなり満足のいく本でした。 小学生の日記風ファンタジー「北極王」、森林伐採について樹木自身が異議申し立てる「樹木 法廷に立つ」、異国の変わった生き物に出会ったときの感動が甦る「タマゴアゲハ…

ヘル / 筒井康隆

最近の筒井康隆って老いとか死の話ばっかでちょっと疲れるよね、と改めて思うことになった長編。地獄を書いた作品なんですが、仏教的な地獄ではなく、「いやーマジで地獄だったよあの日は」と軽く愚痴るときの地獄に近いです。 これは要するに地獄の日常化、…

マネーロンダリング / 橘玲

オフショアを利用して税務署をちょろまかすという、それだけの話なのでお金持ちでもないかぎり興味ないテーマでしょう。ただこの小説のいいところは、そういった本筋以外にもちょっとした豆知識がふんだんにあって勉強になるところです。ストーリー自体は、…

共生虫 / 村上龍

村上龍がよく描写する感覚として、薄い透明なビニールみたいなものが自己と周囲のあいだにあって、そのせいで現実がひりひりとした感触を失い、ぬるま湯の底でゆっくりと死んでいくような感覚、というものがあります。 この状態をいかに破壊するかが、村上龍…

白い城 / オルハン・パムク

トルコ人ノーベル賞作家の出世作。オスマントルコの学者とその奴隷であるヴェネチア人の話。東西のエリート同士の交流ということで、当初は天動説や地動説について議論したり、花火の調合とかして楽しいのですが、途中からぐだぐだになります。トルコ人の学…

毒笑小説 / 東野圭吾

この作者はやっぱりどこか普通の人なんだなあ。だって見てくださいよ、この毒のないほのぼのとした世界を! 筒井康隆の短編集を腐海とするなら、東野圭吾の短編集は風の谷のように清浄だ。「エンジェル」みたいな、シニカルな毒の片鱗をみせる作品はあれど、…