最後の家族 / 村上龍

村上龍の小説のなかでは一番とっつきやすい。なぜなら、特殊な主人公が出てこないからだ。たとえば、同じく引きこもりを題材にした「共生虫」においては、自分を特別だと勘違いしている主人公が、その勘違いを訂正されることもないまま、未知の森の奥へと突き進んでしまい、読者は置いてけぼりにされる。しかし、本作においては、あくまでも初期設定はふつうだ。父親は不景気のあおりを受け勤め先が倒産、息子は引きこもりのDV野郎、母親は父と息子の緊張関係に疲れ果て、娘はやってらんないと白けている、そんな誰にでも振りかかりうる災厄があるだけだ。
この小説の素晴らしいところは、そんなありがちな設定がありがちな悲劇として終わらないところだ。かといってハッピーエンドでもない。家族の崩壊でもあり、個人の自立でもある、おそらく読む人によってまったく異なる読後感を残すであろう終わり方だった。日本社会の激動と、それに適応するためにもがき足掻く一人一人を平易な文体で画いた、実にいい小説である。