カンガルー・ノート / 安部公房

足のすね毛が全て抜け落ち、かいわれ大根が生えてきてしまった男はやむなく皮膚科を訪ねる。しかし、治療の目途は立たず、ベッドに括りつけられたまま男は下水道に投棄され、そのまま地獄と思しき所に行く。地獄では賽の河原で子どもが石を積んでいるのだが、なぜか子どもたちは労働者としてその作業に従事しており、どこからともなく観光客がやってきてはガイドの口上に耳を貸す。おい。ちょっと待て。しかし、ツッコミが追いつくことは決してない。次から次へと脈絡なく場面は転換し、その異様さに誰も気づかない。まるで夢のように、謎の論理で物事は進行する。
夢をそのまま小説化した筒井康隆「ヨッパ谷への降下」(「薬菜飯店」収録)という作品があるが、それと近い物を感じる。ただ、僕は筒井康隆の文体は大好きだが、本書の文体には張り倒したくなるような、心もとなさがある。あえてそういった、なよなよとしたものを出しているのかもしれない。なにせ遺作なのだから、少々の衰弱さというか虚無的なものがにじみ出ているのかもしれない。
虚無的なところといえば、村上春樹「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」にも近い。ただ、村上春樹よりもギャグ成分が多い。たとえば、主人公がお腹減ってしかたなくかいわれ大根を食べるのだが、だんだんとその味にも慣れてきたり、かと思えば出てきた食事がかいわれ大根のサンドウィッチだったら途端に気持ち悪くなって吐き出したりする。この辺りのディティールは筒井康隆っぽいだろう。
死への旅というストーリーでは、コニー・ウィリス「航路」があるが、こちらの方がだいぶ親切だ。