白い城 / オルハン・パムク

トルコ人ノーベル賞作家の出世作オスマントルコの学者とその奴隷であるヴェネチア人の話。東西のエリート同士の交流ということで、当初は天動説や地動説について議論したり、花火の調合とかして楽しいのですが、途中からぐだぐだになります。トルコ人の学者が自分のアイデンティティに急に悩みはじめるんですが、こいつは「なぜわたしはわたしなのか」という問いに答えられずに、延々とあいつは馬鹿だとか悪口言うだけなのです。つまり、他人を頭悪いと批判して、そいつよりも頭のいい自分というものをはじめて見いだすことができるという、非常に回りくどい自己規定があるのですね。
たいしてヴェネツア人にとっては、アイデンティティの問題はありきたりな問いらしく、自分のここが悪いとか躊躇無く書くことができます。このあたりに神の前にひとりの個人として立たされるキリスト教と、そうではないイスラム教の違いとかが現れているのかもしれません。




以下、深刻なネタバレ。



最終章の筆者である「わたし」とは誰なのか

一つの説としては、ヴェネツア人だという説です。つまり、物語の書き手は一貫しており、ただ作中に置ける役割だけが変わったというものです。実際にこれを裏付けるシーンが40pにあります。ラストのあの情景はヴェネツア人だけが知っていたはずなのです。
もう一つの説としては、トルコ人だという説です。つまり、物語の書き手は最初と最終章では異なる、というものです。このほうが同じ「わたし」という表現を使いつつも、その書き手が入れ替わっているという叙述トリックがあって面白いと思います。40pの話については、そのヴェネツア人の過去の情景もトルコ人の師は教えてもらって、それを晩年に再現したのです。なんでかって、そりゃあ、「トルコ人のふりをしたヴェネツア人」のふりをするためですよ!(かなり無理矢理)
ただミステリとして読む分にはエンタメが無さすぎるし、かといってなにか文学的感動とかあったわけでもないので、不満が残る作品でした。結局、白い城とはなんの象徴だったのか、よくわかりません。