華竜の宮 / 上田早夕里

いやー、よかった。プルームテクトニクス理論を援用しながら、想像する海面200m上昇した近未来。肉体改造して海上での生活に適応したステートレスな新貧困層と、昔ながらの大地を基盤とする国家との対立。人間のDNAを基にして造られた舟の代わりになる巨大海洋生物や、それらが変異して環境破壊の原因となっている構図。こういうの、本当にいいですね。設定だけじゃなくて、渋いストーリー展開もいい。主人公は日本の外務省に勤める外交官なんだけど、これがもう本当に非力で、国際政治上の駆け引きや、資源の絶対的な不足からくる経済問題、そしてさらに激変する地球環境、それらもろもろに翻弄されっぱなしなのです。英雄が世界の難問をどうこうするのではなく、一人の、大した力の持たない個人から見た、荒々しい世界の描写というのは、スカッとするような爽快感はないのですが、手に汗握るものがあります。あとここからはもうネタバレでもあるんですが、終盤にいよいよ陸地での生活が絶望的になるとき、いっそのこと深海でも生きていけるように魚のように人類を改変するというプランが出てきた時が最高にワクワクしましたね。
イーガンの小説では、趣味的に身体改造する人たちが出てくるわけですが、こちらでは人類という種を託されて海に潜るわけですから、より深刻です。そうまでして人類を生き残らせたいか、とか、そもそももはやそれって新種の深海魚で人類らしさである文明や知性を維持できるのか、とか、そういう論点が次々と出てきます。
あとラストね。これはねえ、個人的には好きですね。たとえ種が生き残ることができなくても、その過程として生きようとしていた存在がたしかにいて、そしてその後先考えずにただ生きているというその瞬間こそが、これまた生きているということの全てである、というような達観。