プランク・ダイヴ / グレッグ・イーガン

イーガンの新作。今回は科学的なディティールがやたら細かいものが多いので初心者にはつらいかもしれない。どれもこれも高水準だけど、とくにすごかったのは「暗黒整数」。数学的な真理はイデアのように存在しているのではなく、物理的なプロセスとして暫定的に存在しているだけ、という話。そうすると1+1=2も、それが唯一の真理ではなく、僕たちの住んでいる時空の構造とフィットしているだけということになる。では、僕たちの数学的なプロセスとほとんど相互作用のない数学的なプロセスも在りうるのではないか、つまり、暗黒物質ならぬ暗黒整数もあるのでは、となる。すごい。かっこよすぎる暗黒整数。もう一生ついていきますイーガン先生。

クリスタルの夜

シミュレーション上で人工知能を育て、そいつらに現実世界の諸問題を解決してもらおうという話。こういうの好きです。

エキストラ

自分のクローンをたくさん作っておいて、そいつらの肉体を利用する富豪の話。クローンの大脳は処置によって知性が宿るレベルにはない。つまり人権がない。このクローンの意識レベルで人権が得られるのなら、犬や猫にも人権を認めないといけないレベル。とはいえ人権がないというだけでまるで家畜のように利用され処分される様は、倫理的な問いかけを読者に投げかける。「貸金庫」(「祈りの海」収録)のようなアイデンティティをめぐるテーマもあり、どこをとってもイーガンしている。個人的な好みだけからすると、一番好き。

暗黒整数

「ルミナス」(「ひとりっ子」収録)の続編。冒頭でも書いたけど、これを上回る短編には出会えそうもない。きっと2011年ベストの短編となるだろう。

グローリー

数学の真理を追い求めて辺鄙な惑星までやってくる、という設定。成熟した文明の行きつく先は銀河帝国などという野蛮なものではなく、探究者たちのゆるやかなネットワークというイーガンの持論が出てくる。話自体は地味。

ワンの絨毯

「ディアスポラ」に改変されて収録されているが、もともとはこの中編だった。宇宙がたまたま人間を生みだしただけと考えるのが普通の世界観だが、一部の人はそうは考えない。人間が今ここにいることから全てはスタートして、宇宙がこのように存在するのも人間がそのように観測したからだと考える一派がいる。これが人間原理で、この考え方からすると物質世界も仮想世界も、人間に奉仕するものとして変わりはない。
この人間原理を否定するためには、この宇宙には別の観測者もいることを証明しなくてはいけない。そのような試みとして、人間以外の知的生命体を探す旅が始まった。そうして発見されるのが、これまた厄介な存在で、いろいろと考えさせられる。

プランク・ダイヴ

ブラックホール内部の特殊な環境で実験するためにわざわざブラックホールに突入するという話。専門用語多すぎ、宇宙物理学ネタ多すぎ、と非常にハード。決死のダイヴのはずが、悲壮感のかけらもなく、淡々と世界と真理をいかに受容するかという思弁が語られるあたり、定番のイーガン。

伝播

星々を渡る船の話。船といっても人格情報はレーザーで送って、現地での肉体はナノマシンが現地調達した資材から造るという形。山本弘「アイの物語」のほうが感動的だったかな。