中国SFは「三体」が面白かったので短編アンソロジーにも手を出してみました。10点満点で読書会参加者の平均点が最も高かったのは、王晋康「水星播種」(平均9点)でした。今回の「誰得賞」です。読書会の主な声は以下のとおり。点数は個人的な点数で、参加者の平均点ではありません。
- 顧適「生命のための詩と遠方」(2019) 7点
- 何夕「小雨」(1994) 4点
- 韓松「仏性」(2015) 7点
- 宝樹「円環少女」(2017) 5点
- 陸秋槎「杞憂」(2019) 9点
- 陳楸帆「女神のG」(2009) 6点
- 王晋康「水星播種」(2016) 9点
- 程婧波「猫嫌いの小松さん」(2019) 4点
- 梁清散「夜明け前の鳥」(2019) 8点
- 万象峰年「時の点灯人」(2018) 9点
- 譚楷「死神の口づけ」(1980) 3点
- 趙海虹「一九二三年の物語」(2004) 4点
- 昼温「人生を盗んだ少女」(2019) 8点
- 江波「宇宙の果ての本屋」(2015) 7点
顧適「生命のための詩と遠方」(2019) 7点
- (要約)自己複製機能を持ったロボットが勝手に深海で独自の生態系まで作っちゃう話。
- ハイパー優秀な「先輩」と落ちこぼれの「僕」の対比がなんか日本のラノベっぽい。まったく海外文学という感じがせず、するっと読めました。親近感わきました。
- 「その後の十八年間で、先輩は起業し、投資し、結婚し、出産し、上場企業の社長になり、僕は十八年かけて、残業し、家を買い、離婚し、借金し、リストラされ、無職になった。」という冒頭がテンポよい。
- 中国って日本よりも学歴社会・競争社会というイメージがあるので、そういう、競争社会はつらいよ、的なメッセージと、それとの対比での雄大な人工生命の生態系、みたいなのがあるのかも。
- いや、でも、こういうナノロボットが人類の手を離れて生態系作っちゃう系ってSFの短編でよくあるネタなので飽きたわ。食傷。
何夕「小雨」(1994) 4点
- (要約)どっちの男とくっついてどっちを捨てるか決断できない優柔不断な女が量子力学的な高速反復横跳びしてどっちとも付き合い続ける話。
- って考えると、めっちゃしょうもなくないですか…?
- 文体が村上春樹っぽい。
- SFネタとしてはけっこう面白い。
- 個人的には10点満点。
韓松「仏性」(2015) 7点
- (要約)ロボットだって仏陀になったっていいじゃない。
- 「AIとSF」という日本人作家のアンソロジーでもなぜか仏教ネタが複数でてましたね。なんか親和性があるんですかね。
- 仏教そのものの考え方がプログラミングと親和性があるのかもしれない。
- 今回の話って、仏教は仏教でもチベット仏教ですよね。で、その宗教的指導者のダライ・ラマが転生していて、その転生していった先がたまたまロボットだった、と。
- 「もう誰かが仏性をまとめたバッチファイルを作って、ロボットの脳に流し込んだのかもしれない。」って一文が面白い。
- え…それって…夜間バッチ処理でみんな悟りを開いて仏陀になれちゃう…ってコト…!?
-
最後の音楽ネタはよくわからない。
宝樹「円環少女」(2017) 5点
- (要約)大好きなパパはもしかしたらマッドサイエンティストで、実は自分はクローン人間なのかもしれない ⇒ ぐえー違ったんゴ……
- 日記の断片という文体、ミステリ⇒ホラー⇒SFとジャンルがどんどん変わっていくような展開が楽しめた。けっこう高評価。
- でも、クローン人間かと思ったらー、ベニクラゲのように定期的に幼体に若返ってるだけの同一個体でしたー、ちくしょー! みたいなオチってぶっちゃけどうなんですか。
- たしかに、展開がばればれである。
- あと、父親の秘密を暴く時のパソコンのパスワードを入力するシーンとか、無理がありません?
- そのあとの、えっ…わたしの出生の秘密バイオホラーすぎ…? ⇒ じりじり後ずさり ⇒ ドン(なにかにぶつかる) ⇒ ぐえー、父親に見つかってもうたー みたいなシーンとか、ベタ過ぎてベタ過ぎて、もう、ね……。
- なんかベニクラゲの遺伝子が発現してドロドロになるあたりは気持ち悪くてホラー。
陸秋槎「杞憂」(2019) 9点
- (要約)杞国の渠は兵法の大家だったが、諸国を巡り歩くうちにその兵書の内容はことごとく覆されてしまう。あげく、天が落ちてくるなどと、ありえないような心配までしだすのだが……。
- これってSFなんですか?
- どこをどう楽しめばいいのかわからなかった。
- 中島敦が好きなのでけっこうこういう漢文っぽい話が好き。スチームパンクっぽさもある。
- 山月記が教科書に載るんだったら、杞憂という故事をうまくアレンジした本作も教科書にのっていいのでは?
- 天才と凡人の対話という側面もある。だいたい凡人がまともなこと言う。
- いや、なんか低評価の人が多いのであえて言わせてもらいますけど、これはですね、新しいテクノロジーが出ることによって、これまでの知識体系がまったく使えなくなってしまう人間の悲哀という普遍的なテーマを書いた作品なんですよ。
- で、たしかに出てくるテクノロジーはちょっと荒唐無稽ですけどね。頭にためた水が落下するときの位置エネルギーを動力とする木製ロボット(木人)とかね。蒸気(スチームパンク)ですらない、位置エネルギーパンク。で、寒いと水が凍って動けないっていうね。ちょっとアホっぽいですね。
- あと、天蓋を破壊してその破片で敵を攻撃するという超でかい弓矢の兵器とかね。その名も「貫天矢(かんてんし)」。封神演義に出てくる宝貝みたいでかっこいい。
- で、最後に杞国の渠さんの杞憂で終わるのかと思いきや、天が落ちてくる。本当に天蓋の破片が落ちてきて荘園が破壊されたのか、単に攻城兵器みたいなもので攻撃されただけなのかはわからない。天蓋があるようなファンタジー世界なのか、史実どおりの世界なのか、その辺はわからない。余韻を残して終わります(長文早口)。
陳楸帆「女神のG」(2009) 6点
- (要約)生まれつき女性器がないという身体的な欠損(不感症)を抱えた主人公が、感度千倍になって性のアイドルになったり、反転して全世界を賢者モードに叩き落したりする話。
- え……これは……(ドン引き)。
- 評価不能。
- 最後のシーンとか女に幻想(ゆめ)見過ぎでは?
- なんかキモい。
- 不感症が感度千倍になってなんにでも感じて絶頂するまではいいんですけど、なんでそこからAV女優みたいなのになるのかよくわからない。あと、途中で出てくる不感症の変な男性の医者もわからない。最後にもまた出てくるし。
- 一番よくわからないのは、主人公がいきなり般若心経みたいなお経を唱えだして「一切皆これ幻覚なり、一切自我を源とし、一切終に寂滅に帰す」と言ったかと思えば、いきなり観衆の性的熱狂も冷めて全世界が賢者モードに突入する、というくだりですね。
- しかも、それによって主人公は恨まれて命を狙われることになりますからね。賢者モードじゃないんかい。もうちょっと落ち着いてほしい。わけがわからないよ。
- けっこう低評価が多いのですけど、まず一文一文が短くてテンポがいいですよね。
- こういうジェンダーSFはアンソロジーで一作ぐらい入れておくと、全体が引き締まるからいいですよね。
王晋康「水星播種」(2016) 9点
- (要約)実験室で生まれたケイ素生物を水星にばらまいて進化させてみた ──1000万年ごとに冷凍睡眠から目覚めて経過観察します──
- 「三体」に続いてヒューゴー賞とれるかもしれない、と期待されている作品。
- SFならではの圧倒的なスケール感が素晴らしい。
- このアンソロジーの中では卓越しているのでは。
- 「生命のための詩と遠方」も似たような話ですけど、ナノボットとケイ素生命という違いがあって、こっちの方が骨太な感じ。
- 先進的なプロジェクトがほいほい進み過ぎているところが違和感。これがイーガン作品だったら、理解されずに叩かれたりテロにあったりしてそう。
- 頭いい人だけで話が進んでいくのかと思ったら、最後の方で無知な群衆によって丸焼きにされているので、そこでちゃんとバランス取れているのかも。
- ケイ素生命の社会の描写が、キリスト教モチーフになっているところも面白かったです。
- このプロジェクトに大金を出す大富豪は、身体障害者で容姿にも恵まれず、人間社会では承認を得られない、ある意味で弱者男性で、その魂の救済のためにはまったく人類と価値体系の異なる新しい生命体と社会を創造するしかなかった。
- 弱者男性が救済されるためには、新しい生態系を創造して新世界の神にならなきゃダメ…ってコト…!?
- 本の内容と関係ないんですが、東大チー牛立て看板論争を想起しました。あれは「#弱者男性をエンパワメントする 我々に婚姻の自由を 生殖の権利を奪うな」とチー牛(らしき人物)が発言しているのですが、一部の女性からは「女をあてがえ」的なインプリケーションを感じてしまうので「不快」「キモい」と叩かれました。
- ケイ素生命をあてがえ…ってコト…!?
王侃瑜「消防士」(2016) 4点
- (要約)山林火災が頻発する未来、消防用のヒューマノイドロボットが心療内科を受診して「出勤ができない」と言ってくる。
- もともとの人間だったころに消防士だった兄が死んだからといって自分も消防士になるのもよくわからないし、そのあと兄はきっと「いのちだいじに」って思ってたはずですよ、と医者が言うのもなんだかなあ、という印象。
程婧波「猫嫌いの小松さん」(2019) 4点
- (要約)タイの外国人向け別荘地に、日本人の偏屈そうな小松さんが住んでいる。
- いい話にしようとしていて、なんか微妙。
- いい話はいい話じゃないですか!!(力説)
- 小松左京がモチーフらしい。スケールが大きくて、三体が受けた中国で人気なのかもしれない。個人的には、筒井康隆が好きなので、特にぐっと来るところはない。
- 猫出しておけばSFファンはどうせ喜ぶだろ、ぐへへ……という安直さを感じる(偏見)。
梁清散「夜明け前の鳥」(2019) 8点
- (要約)清朝末期、お忍びで出た革新派の皇帝を城内に戻すため、軍人の袁世凱(後の初代中華民国大総統)、学者の主人公の特別任務が始まる。
- 評価不能。
- これってSFなんですか…?(二回目)
- 同系統の「杞憂」よりもひどい。訳者の力量なのかも。
- 内容を一切思い出せない。
- 二回読んだけど、どこに面白みを見出せばいいのかまったくわからない。
- いや、これって、日本で例えるなら幕末を舞台に、史実の裏側で実はこんなことが起きていたんだよ系の話だと思うんですよね。徳川最後の将軍と西郷隆盛と坂本龍馬が、江戸城を舞台に事前に木製ドローンで現地のマップを取得して、メタルギアソリッド並みのスニークミッションやってる、と考えたら、けっこうじわじわ来ませんか?
- 索敵が不十分で、思わぬ監視者に出くわしたら手刀で気絶させてますからね。もう動きが完全にスネークなんよね、これ。我々日本人は面白さを完全に理解できないと思いますけど、きっと中国人からしたら、じわじわ面白いはずなんですよ(長文早口)。
万象峰年「時の点灯人」(2018) 9点
- (要約)時間剥離によって全宇宙の時間が止まってしまったが、時間発生器の周辺だけは、明かりがついたように時間が流れる。はたして時の流れを戻すことができるのか。
- SFって非日常というか異世界というか、そういうものを味わうために読んでるところがあって、そういう意味で「杞憂」も面白かったわけですけど、「時の点灯人」は文句なしに奇想として面白い。
- なんか、シミュレーションゲームっぽさもありますね。コマンドを選択するまで、永久に対象は動かないので。時の点灯人はゲームのプレイヤーっぽさがある。
- 時の点灯人、途中で誰かに倒されて時間発生器奪われてますからね。プレイヤーが交代するというあたりは、ローグライクゲームっぽさもある。
- 科学者を十分働かせないと時間発生器の修理や複製はおぼつかない。かといって、時間を複数人にいっぺん与えて稼動させると、取り囲まれて返り討ちに会うリスクもある。
- 時間SFとラブロマンスは相性がいいですね。
- そうかな……そうかも……。
譚楷「死神の口づけ」(1980) 3点
- (要約)旧ソ連の化学工場で細菌兵器が流出し、大変なことになる。
- これだけ古い作品なんですよね。コロナ禍を予言した作品として話題になったりもしたようです。
- 大切な人が感染症で亡くなってしまう、というドラマ性もある。
- なんとなく古臭さを感じてしまう。
趙海虹「一九二三年の物語」(2004) 4点
-
(要約)100年前の上海で、水に記憶を保存しようとする科学者と、革命に奔走する女の話。
- 現代から過去を振り返るような形で語られるのが面白い。
- 水からの伝言って疑似科学であるネタですが、ほんとにできたらロマンチックじゃね? 的な発想なのかも。
昼温「人生を盗んだ少女」(2019) 8点
- (要約)同時通訳者になりたいけどあんまり語学の才能がない大学院生が、自分のことを「センパイ」と呼んでなついてくるのだが……。
- 百合っぽいのかなと思ったけど、そんなに百合じゃなかった。
- 前半の教育学的なところも面白い。第二言語の習得には早い段階での学習が必要で、ある程度成長してしまうとどうしても壁ができてしまう。その壁をどう突破するのか、というSF。
- 突破方法がそうはならんやろ……という感じ。あまりにもミラーニューロンだけでごり押ししすぎている。SFとしてちょっと微妙。
- 自分にとって大切な時期の人格を「センパイ」にいったんコピーしてもらって、それを自分の人格が薄くなってしまった後にまた受け取るってのはけっこう良い。
- 自分の人格を犠牲にしてまで成し遂げたいことがある、というところもエモい。
- 結果として、他人の考えがどんどん自分の中に入ってきて、個人の考えがなくなり、各個人がネットワークのノードのようになって集団で思考する、みたいなエヴァンゲリオンの人類補完計画的な話になってる。しかもそれが昔の人類はできたんじゃないか、という仮説が面白い。
- あと、他人の思考にどんどん同期して知識が増えていくあたりは、「アルジャーノンに花束を」っぽくて面白い。その代償で脳が破壊されてしまうあたりも含めて。
- 「センパイ」って原語だとどうなってるんだろう。日本語から輸入されているんだろうか。
- 中国では野獣先輩がミームになっているらしいです。
江波「宇宙の果ての本屋」(2015) 7点
- (要約)誰も本を読まなくなった遠未来で、最後の本屋は膨大な紙の本を抱えて宇宙空間を彷徨い、本の読者を探す旅に出る。
- 表題作として納得の出来。
- スケールが大きい作品。
- 太陽が燃え尽きるぐらいの時間軸の話だと、「宝石の国」という作品を思い出した。
- この本屋、紙の本にこだわる厄介オタクですよね。データ化した方が保管コストも低いのに、紙の本にこだわるせいで、本屋なのに艦隊レベルのインフラを作らせてます。自分は紙の本が好きなのでなんか共感しました。
- アイエエエ! 本屋なのにモノリスで知識伝達するのナンデ!?
- 私は別に電子書籍でもいい派なんですが……。