「アステロイド・ツリーの彼方へ (年刊日本SF傑作選)」読書会の模様

2015年の日本SFのベスト短編集。先日の誰得読書会の課題本にしました。読書会では10点満点で点数をつけて4人で選評したのですが、一番高得点を獲得したのは伴名練「なめらかな世界と、その敵」(平均8.7点)。複数の世界をなめらかに渡り歩くことが日常化した世界を映像的に面白く表現しており、絶賛されていました。
以下は、各短編の僕の採点(10点満点)、そして議論の過程で出てきた主な意見の紹介となります。 

藤井太洋「ヴァンテアン」 5点

  • このころぐらいの藤井さんの短編はあまり好きじゃない。こざかしい。きれいすぎる。うまくまとめましたよ感。SF作家協会会長として、模範的なものを書こうとしすぎている?
  • 流行りものを追いかけているところがありすぎる。
  • リアリティの無いところもある。代官山に3Dプリンタ作らなくない? DNA製造をサラダでやる必要はないのでは? 羊羹だけでいいのでは?
  • 地に足がついている近未来SFというところが良い。月村さんとかも、こういう系うまいですね。

高野史緒「小ねずみと童貞と復活した女」 7点

上遠野浩平「製造人間は頭が固い」 6点

  • ああ、上遠野だなあ、という感じ。以上。
  • 文体が好き。
  • この著者好きなんだけど、長編の人である。
  • “その時代の空気”を読んだ感じ。すなわち、ゼロ年代の結晶。安心感はあるけれども、言い方は悪いが化石のようでもある。
  • うーん、そうっすかねえ、いつもとは違うものを書いていると思いますけどねえ。

宮内悠介「法則」 6点

坂永雄一「無人の船で発見された手記」 7点

  • 小賢しい。レムの「浴室で発見された手記」のパロディですね。
  • クトゥルフソラリスをやりたいのわかるけど、それで何をしたいかわからん。
  • 内輪ネタってことなんですかねえ。初出は同人誌ですし。クトゥルフとかそういう、わかる人にはわかる的な。
  • まあ、まずもって旧約聖書ノアの箱舟のパロディではあるんですよ。でも、面白いのは、あのときの大洪水で、実は箱舟が無数にあって、そしてその箱舟ごとに異なる神がいたという設定ですね。主人公の乗っている船は、ヒトの船とみせかけておいて実はそうではないし、その崇める神も、ヒトの神ではなくて、クトゥルフ神話のダボン。最後の戦いで、神々および神々を信仰する“人間”たちの戦いが行われ、その戦いで、ノアの一派はたまたま生き残ったに過ぎないという、キリスト教上の正史への接合がけっこううまいなあ、と思います。文体もけっこう好きです。

森見登美彦「聖なる自動販売機の冒険」 4点

  • 面白いですけど、SF傑作選に入っているのは、どうかなあ。
  • いつもの森見ですねえ。

速水螺旋人ラクーンドッグ・フリート」 5点

  • 魔女も狸も科学も共存するごった煮感が好き。
  • 土着的なものと西洋文明の融合(宇宙船の中の和室とか)が良い。
  • 狸の使い方、いいですよねえ。ジョナサンと宇宙クジラ的な、青空のカットもいいですね。

飛浩隆「La poésie sauvage」 9点

  • 詩は読まれて詩である。そしてそれが新たな創作の糧になる、そうした運動を視覚的に書いている。文体好き。
  • アイディアとしては面白いけれども、ウェブが全部文字になっているというのがよくわからない。ウェブは、画像、音声など、文字以外の情報が主流になっている。
  • 作品そのもので、ポエティカルビーストの中身をぶちまけてほしかった。詩の実験的なあり方を描くのなら、その一端でも実際に例示してみるべきなのでは。そういう意味で円城塔は、変な世界を書くとき、文体とか作品構造自体も変なものになっているので、コンテンツと表現の相乗がある。
  • ポエティカルビーストって、読んでしまったら発狂するような文字の並びのはずなので、それを書くのはやっぱり難しいのでは? だからこそ作中でも駆除の対象になっているわけだし。
  • 飛先生の文章は詩的。詩の文章で、ちゃんと詩のテーマの作品をかけてる、とまあ、思うわけなんですけども。どうですかね。
  • 作品の文章が、基本的に作中における自動文章作成サービスによる記述ということになっており、そうした、構造が面白い。ウィキペディアの人工短歌ボットや、人工知能を用いた小説も出てきている中、なかなかホットなトピックでは。
  • ポエティカルビーストは、作中だと横文字のアルファベットによって構成されているので、あんまり立体的なものをイメージしづらいですね。日本語だったら、縦読みも横読みもあるし、漢字もあって、立体的な文字の構造物を想像しやすいんですけども。

高井信「神々のビリヤード」 3点

  • ハガキのファンジン(ハガジン)に掲載されていたというところに味がある。ハガキ形式で印刷してもよかったのでは。
  • いろんな媒体から採用してますよアピールが、過ぎる。

円城塔「〈ゲンジ物語〉の作者、〈マツダイラ・サダノブ〉」 4点

  • 新しい日本語を作っている。
  • 円城塔は好きだけど、今回はあんまり。円城塔の思考過程、ソースコードをそのまま書いている。って、ほぼエッセイなんだよなあ。
  • 「プロローグ」・「エピローグ」は10点の傑作とすると、今回は7点くらい。

野崎まど「インタビュウ」 6点

  • 映像系出身の著者らしい、画像イメージも使った作品。
  • 著者の言葉も全力でふざけているのがよい。
  • 大学時代の同人誌でこういうことやったので同族嫌悪。こういうのこの年になって読みたくない。
  • SF原理主義者に怒られそう。SFマガジンで没になったのも納得。逆に、没になったことで、面白みが増しているところもある。

伴名練「なめらかな世界と、その敵」 9点

  • 何を食ったらこんなの書けるのかわからない円城塔みたいな人もいる中で、この人は私と同じもの(伊藤計劃ラファティ)を食って育ってきたんだなあという、親近感・同時代感を感じる。
  • 著者とは同い年だけど、全然読んでいるもの違うなあ。でも私もファンですよ。書き出しがいい。
  • 王城「マレ・サカチ」とはまた違った面白さ。伊藤計劃以後の二人のこれからに期待。
  • 素直できれいな作品(この著者にしては)。好きな著者。映像的なイメージがある。
  • 非常に面白い。設定が素晴らしい。設定から導かれる対立(なめらな世界の敵)もよい。
  • この中のベスト。今までトリッキーな、ケレン味のある作品が多かったが、今回はわりと素直。目新しいことはないが面白い。複数の世界を渡り歩く描写がよい。
  • それよかったですね。並行世界では創造主だったりね、ってどんだけ無限の可能性やねん。
  • 細田守新海誠に映像化してもらうとよい。
  • いい百合である。

ユエミチタカ「となりのヴィーナス」 4点

  • 話として成立しているが、1ミリも面白いと思わなかった。女の子はかわいい。
  • 宇宙人の、地球での「自分探し」ってだけで面白くないですか? ファーストコンタクトもやっているし。もうちょっと長くてもよい。委員長をもっと掘り下げるとか。
  • そうだね、委員長とかね。

林譲治「ある欠陥物件に関する関係者への聞き取り調査」 6点

  • 国立新競技場問題と見せかけておいてスターウォーズネタ、ということで見事にやられました。
  • この作品の初出は、ちょうどエピソード7の公開があったんですね。で、今読んでも豊洲市場問題とローグ・ワンという組み合わせもあって、なぜかタイムリーです。
  • 悪運の強いやつだ。
  • 歴史、繰り返してますねえ。
  • すいません、スターウォーズ知らないので微妙でした。

酉島伝法「橡」 3点

  • 読みやすい酉島さん。異世界労働者の日常もの。ユニークですね。
  • 現代詩手帖掲載という文脈からすると、描写の詩的の面白さもあって高得点なんですが、この短編単独で見ると、可もなく不可もなく、という感じ。
  • 言葉によって味覚を再現するという設定は面白い。感覚の言語化の逆で、言語を通した感覚喚起。
  • この人は文体がすごいのだから、ホラーのほうにふりきったほうがいいのかも。

梶尾真治「たゆたいライトニング」 3点

  • 悪くはないけど、ふーん、という感じ。以上。
  • 長い。
  • 冗長。
  • おもいでエマノンは大傑作だったがそれ以降はアレ。
  • え、え、いやいや、ちょっと、みなさん低評価すぎじゃないですか。時間を飛び越える人と記憶を受け継ぐ人の邂逅、こういうの読むと、もう切なくなってしまうんですよねえ。ていうか、エマノンよくないですか。

北野勇作「ほぼ百字小説」 2点

  • 単純に載っていることにいらつきました。
  • いろんな媒体からとってますよ、という編者のアリバイ作り。つながりのある連作のようなものもあったのだから、あえて編集して、大きなストーリーを作ることもできたのではないか。
  • このアンソロジーから読む人にとって、北野さんのイメージが悪くなってしまう。ツイッターのアイコンつけて、横書き形式で掲載すべき。

菅浩江「言葉は要らない」 7点

  • 毒にも薬にもならない作品。大企業のHPに公開されているだけはありますね!
  • 非人間的なんだけども、動作によって人間らしさを感じる。人間の側でロボットに人間性を読み込んでしまうところが面白かった。
  • 未来への希望に満ちている。ロボットへの警戒感(AIが仕事を奪うとか)が蔓延する中でこういうのは貴重。
  • 肌の感覚の表現がうまい作家ですね。
  • ベイマックス感あります。よかったです。

上田早夕里「アステロイド・ツリーの彼方へ」 6点

  • 人体の拡張といったテーマを書いている人。ティプトリー接続された女」と対比させてみると面白い。
  • 猫SFでもあり、人間の形をしていない生体組織とAIの組み合わせという点は面白い。
  • たしかに新しいアイディアはある。しかし、生体感覚をもつAIと、そうでないAIで何が違うのかを書かないと、結局その論点を出してきたインプリケーションが希薄なものとなってしまう。
  • 問いかけで終わっている。「生命とは何か。知性とは何か。」(516p) いや知らんがな。
  • ステロイド・ツリーの謎は解明しないんかーい!

石川宗生「吉田同名」(第7回創元SF短編賞受賞作) 8点

  • おっさんが突然1万人に増殖したらどうなるかという思考実験。筒井康隆的な面白さ。
  • シン・ゴジラ的な、突拍子もないことが起きたときに社会がどうなるか、という科学じゃないほうのSF。「お父さんがいっぱい」という児童文学がありまして、あれを思い出しました。ある日突然お父さんが増殖して、仕方ないので、くじ引きで本当のお父さんを決める、残りは政府に連れていかれるという話。コミカルなんですがトラウマ。
  • ラストはもっと派手にやってほしい。もう、いっそ、吉田国を作ってほしかった。「少女庭国」と比べると地味。
  • 広義のSF。狭義のSFが好きなんで、微妙でした。
  • ひとりの人間がいきなり増殖したら、どれくらい嫌かがちゃんと描かれている。ただ、「ユートロニカのこちら側」が圧倒的によい。