円城党宣言――円城塔「道化師の蝶」

話をしよう。あれは今から36万……いや、3年前だったか……まぁいい。私にとってはつい昨日の出来事だが、君たちにとっては多分、明日の出来事だ。円城塔の講演を聞くという僥倖に、私はめぐり合っていた。お題はたしか、これから作家を目指す君たちへ、みたいなものだった。
しょっぱなから彼は、作家になる前にサラリーマンになってください、と真顔でのたまった。これには思わず主催者も苦笑い。なぜか。小説を書くだけで食える人は日本で片手で数えるほどしかいなく、職業として成立していないのだという。


そんな職業でもまだマシだというから、彼の前職のポスドクはどんだけ、という話であるが、ここでは割愛する。とにかく、彼は作家なのであった。それもSF作家なのであった。
今ではそうでもないかもしれないが、SFなどという子供だましを書く作家は人間扱いされなかった。筒井康隆士農工商SF作家などと自虐的に語ったように、文壇のヒエラルキーの最下層を這いつくばる、賎民だったのだ。
とはいえ、SFはマンガやアニメなどの他のメディアではもはや当たり前であり、しいてSFのジャンルでカテゴライズする必要さえないのが現状だ。そのようなSFの浸透と拡散を経て、SF作家の地位も多少は向上したのではないか。現に貴志祐介「新世界より」のようなヒットも出ている。
だが、円城塔は売れ筋から遠く離れたところにいた。そもそも彼の書くプロットは幾何学模様であり、その構造はちらっと見た限りではまったく内容が読みとれなかった。

「編集にプロットを書いたノートを見せると、とても悲しそうな顔されます」

当然である。並みの人間は、図形から物語を読みとったりしない。また読者のほうも、図形の構造の要請で進むストーリーを堪能したりはしない。わかりやすいハリウッド的な起承転結をまるっきり無視したその作品は、読者の感情を揺さぶらない。「そう、あいつは最初から言う事を聞かなかった。編集の言う通りしていればな……。まぁ……いい奴だったよ」と打ち切り作家としてダストシュート行きになっても、なんら不思議ではなかった。



私は円城塔の武器について語りたい

それでも、円城塔の作品は魅力的だった。第一に、それは奇想のかたまりだった。第二に、文体が素敵だった。一般受けはしないだろうが、それでも残ってほしい作家だった。
時は流れた。彼は徐々に文壇を浸食していた。たとえば、前回の芥川賞でこれを評価するのしないので意見が真っ二つに割れたのは、円城塔「これはペンです」だった。 そのときの私は、文壇はいまや円城党と反円城党の二大政党制に移行している、などと大言壮語したが、今となっては実に正鵠を得た指摘であった。彼は今回の芥川賞を取り、文壇の頂点を踏破したのだ。同時受賞の田中慎弥「共喰い」には完全に話題を持って行かれたのは残念だが、まぁいい。円城党員はうろたえない。



【円城党宣言】
一つの妖怪が文壇にあらわれている、―――円城塔という妖怪が。文壇のあらゆる権力が、この妖怪にたいする神聖な討伐の同盟をむすんでいる。

なぜか「道化師の蝶」という、円城塔にしてはあまり面白くない作品で受賞され、「良い夜を持っている」で受賞しなかったのは、「よくわからん難解な作家」と印象付けてその実力を過小評価させようという陰謀を感じる。そのような反円城党員の工作に屈しないためにも、円城党員が読むべきブックリストを最後に掲載する。SFとか心底どうでもいいと思っているその辺のOLでも読める、エンタメとしての完成度の高い作品群なので安心してほしい。


参照

基本書。とにかく面白い。ドタバタ喜劇のかたちをとりながらも、見るということはどういうことか、参照されるとはどういうことかというテーマでもある。

文芸誌向けの文体や、異常な記憶力を持つ男の話というキャッチーさもあって、今一番オススメの一作。

これほど美しい短編はない。著者が一番本気出して書いたであろう一作。

難しいが、読みとけば面白いという例。上級者向け。