NOVA+ バベル: 書き下ろし日本SFコレクション

今回の誰得読書会の課題本。全体的に、まあまあ質の高い作品が集まったアンソロジーだと思います。
参加者の採点で総得点が最も高かったのは、野崎まど「第五の地平」。図を多用しながら、超ひも理論を解説しつつ、でもやっていることはバカSFという作品です。


読書会の参加レポートは以下を参照。

以下、ネタバレありで各作品を解説。点数は僕個人の点数になります。

宮部みゆき「戦闘員」 5点

おじいちゃんが監視カメラを宇宙からの侵略者だと認定して、闘いを始めるという話なんですが、本当に監視カメラ型侵略者なのか、ただのボケてしまった人の話なのか、判断できないというあたりが面白いですね。まあ、可もなく不可もなく、無難。

月村了衛「機龍警察 化生」 6点

シリーズものの一作ということで、シリーズ未読の僕のような人にはあまりわからない。ただし、光学的に量子コンピュータを作るというくだりは、SFらしいSFでよかったです。読書会では、逆にこの辺りがリアリティに欠けて減点というエンジニアの方も意見もありました。

藤井太洋「ノー・パラドクス」 5点

タイムトラベルが当たり前のサービスになっている世界の話で、簡単に世界改変(というか、並行世界への片道切符の旅行)が行われており、非常にスピード感のある作品なのですが、勢いがありすぎて、じっくり味わう前に終わるという感じ。この人の作品はネタ自体はいいんだけど、伝え方がイマイチだと思う。

宮内悠介「スペース珊瑚礁」 8点

たいして、ネタ自体は「寄生獣」と新鮮味はないものの、コミカルな展開だけで、ぐいぐいと読ませてくれる、というのが本作。落ちも切れ味があって大変よい。難点は、スペース金融道シリーズの特徴であるSF金融ネタが、上場廃止後も取引される株式、という意味不明のもの。将来のキャッシュフロー(正確には、その割引現在価値)が、事業の失敗によってゼロになってしまったあとも、需要と供給があれば、取引は成立する、という論文が紹介されるのですが、ちょっと待っていただきたい。たしかに、世にクソ株の上場廃止が尽きまじ、供給はあるものの、需要(そのクソ株を欲しがる投資家)はどこにいるのだろうか。しかも、ストーリーと金融ネタが直接関係ないというあたり、なんともダメな感じがある。

野崎まど「第五の地平」 4点

チンギス・ハンが宇宙進出して、世界の果てまで征服しようという話なんだけど、もうこれだけでバカすぎて読む気無くす人もいるんじゃないですかね。

酉島伝法「奏で手のヌフレツン」 5点

毎度毎度読むのがつらい。造語が多いんだけど、それが無駄にギャグにもなっている。読書会では、「だんじり祭りだ」という意見もありましたが、なるほど。

長谷敏司「バベル」 9点

このアンソロジーではベスト。全世界共通の言語とは、世界のインフラを支えているシステムである、というところから話は始まります。主人公は、そのシステムの利便性を素直に受け入れ、システムを高等教育で学習し、ファッション予測サービスというグローバルな需要が期待できる商品で、成功しようと夢見る若きエンジニアです。しかし、舞台となっているイスラム社会の、主人公には理解しがたい謎のしがらみによって、主人公はいったん挫折します。そこからさらに、その謎のしがらみすらも、集団的な人間行動のモデルを作ることでシステムの中で予測できるものに落としこむという飛躍がありまして、ここが面白かったですね。

円城塔「Φ(ファイ)」  7点

縮みゆく宇宙の中で、それに最後まで抵抗し、思考を続けるという話。宇宙といっても、文字空間なので、一段落ごとに総文字数がどんどん減っていき、最後にはゼロ文字になります。実験小説という点では筒井康隆「残層に口紅を」、宇宙の死とは無関係に生き続けられる理論の可能性としてはグレッグ・イーガン「順列都市」といった関連作品があります。どちらもオールタイムベスト級の傑作。