夢の木坂分岐点 / 筒井康隆

夢の木坂駅で乗り換えて西へ向かうと、サラリーマンの小畑重則が住み、東へ向かうと、文学賞を受賞して会社を辞めたばかりの大村常賢が住む。乗り換えないでそのまま行くと、専業作家・大村常昭が豪邸に住み、改札を出て路面電車に乗り、商店街を抜けると……。夢と虚構と現実を自在に流転し、一人の人間に与えられた、ありうベき幾つもの生を深層心理に遡って描く谷崎潤一郎賞受賞作。



あらすじを読んでもさっぱりストーリーが分からないと思います。しかしたとえ読んだとしてもストーリーがわかりません。分かりやすい一本道のストーリーを否定した作品なのです。歴史にifは無いといいますが、誰しも「もしあそこでああしていたら」「もしあの分岐で違った道を歩んでいたら」と夢想するでしょう。ただ単に空想するだけでなく、そのifの世界を夢に見るかもしれませんし、虚構としてそのifの世界を執筆したりするかもしれません。人生はひとつといいますが、それは現実がひとつという意味です。実際はそのひとつの人生に現実もあれば夢もあり、虚構もあるのです。現実は分岐しませんが、夢と虚構の世界では分岐した世界を垣間見ることが出来ます。
夢の木坂を中心にして無数に分岐した平行世界、その全てを内包したこの小説こそ、ひとつの人生を重層的、徹底的に描いたと言えるかもしれません。惜しむらくはエンタメが足りなかったので、かなり難解だということ。筒井康隆の作品の中で最も読みづらい作品です。「ダンシング・ヴァニティ」も似たような小説ですが、私は「ダンシング・ヴァニティ」のほうが楽しく読めました。