All You Need Is Kill / 桜坂洋

桜坂洋ライトノベル。謎のモンスター・ギタイとの終わりなき激闘……と書くと、超人的な英雄が主人公のバトルものというごくありきたりな展開を想像しますが、これは全然違います。主人公はあくまでも凡人なので、雑魚キャラのごとく死にます。しかし、なぜか死んでも戦闘前の時間に戻ってしまうのです。この戦いのループからはたして抜け出せるのか、という話。筒井康隆ゲーム的リアリズムがどうこう言っていたので読んだんですが、たしかにこれはゲーム的なストーリーです。ふつう小説のストーリーは主人公が「死んだら終わり」なので、主人公が死なないように才能や運がはじめから備わっています。しかしこれはご都合主義ってものです。百戦錬磨の兵士だけじゃなく、戦場ですぐ命を落とす凡人だっているのです。この凡人が主人公だっていいじゃないですか。

本書では「死んだら終わり」というルールの代わりに「死んだらまたはじめからやり直し」というルールがあります。しかし戦況は絶望的です。しかも主人公はこの戦いが初戦という新兵です。だから死にまくります。戦闘を生き残るだけの力が無いと永遠に死に続けるのです。もちろんそのたびに死の激痛に苦しみます。
この悲惨なループから脱出するため主人公は努力します。どのように動けば、訓練に時間を割けるか。訓練を効率的に行うにはどうすればいいのか。実戦でどのように動けば死なないか。どんな凡人でも、死線を越えるたびに成長します。運でも才能でもなく、自分の命を賭けて戦い続けることでスキルを磨くのです。この過程が実にカッコいい。
不満を言えば、キャラの挙動が漫画チックすぎました。ドジキャラとかもう何番煎じだ。しかしそんなこといったらループを繰り返すという設定自体が、何番煎じでも受けてたつという布告なのやもしれん。煎じ詰めることで洗練されていく過程というのは、サブカルの中で受け継がれてきた萌えにも当てはまります。ごめん、てきとう言ってます。似たような作品でオススメはこちら。

以下ネタバレ。


このループの原因はギタイの「過去に情報を送る能力」だとされます。たとえこの世界で失敗しても、また別の世界で成功すればいいや、という考え方です。

世界A
↓情報送信
世界B
↓情報送信
世界C
↓情報送信
世界D
↓情報送信
世界……

注目すべきは、情報送信するたびに世界が分岐するということです。世界Aで過去に情報を送信しても、それは現在の世界Aを書き換えることにはなりません。過去に情報を送った時点で、その世界は「未来からの情報を受け取った世界A」となり、世界Aとは別の世界Bとなります。この分岐を作る過程を何度も繰り返すことで、無限の平行世界が生まれます。
失敗する世界が100個あっても、成功する世界が無限個あれば、事実上失敗を帳消しにできます。もとの世界での失敗は取り消せませんが、成功する世界がたくさんあれば多世界的には大丈夫です。1ミリリットルの塩酸を9999兆リットルの水で薄めれば、それはもはや水だというのと同じ理屈です。
さて、この「過去に情報を送る能力」をもつギタイは、まわりのギタイをアンテナにして過去に警告を送るようです。主人公の脳は、ギタイの脳の情報処理システムとリンクしてしまったため、このアンテナの役割をはたしてしまいます。つまり世界Aのギタイが世界Bに情報を送信するのと同時に、主人公も平行世界の自分へ情報を送信していたのです。
つまりこれはループというよりも、平行世界が無限に分岐していく連鎖なのです。この連鎖を止めるために、能力を持つギタイを殺さなくてはいけません。けれど、当のギタイを殺してもループは終わりません。実はループを経験しているヒロインの脳がアンテナの役割を果たしていたのです。ヒロインも殺さなくては連鎖は止まらないのです。苦汁の決断ですが、主人公は結局ヒロインを殺して連鎖に終止符を打ちます。そして人類に新たな英雄が誕生します。最強の兵士となった主人公は、死んでいった仲間たちのために人類の勝利を誓います。
しかしこのラストは一見希望に満ちていますが、けっこう絶望的です。ヒロインが主人公と戦って死んだように、主人公もいつか誰かに殺されて、英雄の役目を引き継がせるんでしょう。スーパーマリオでたとえるなら、ヨッシーを見殺しにすることで二段ジャンプに成功したマリオのつもりだったのに、結局自分もほかのマリオに乗り捨てられる運命のヨッシーだったって感じです。とはいえ、このヨッシーはただのヨッシーではありません。ありとあらゆるヤバイ戦況で、常に最善を選び続けてきた歴戦のヨッシーです。だからたとえ死ぬことになっても、それはきっと最善の戦死となるでしょう。運命にギリギリまで抵抗するその姿は誰がなんと言おうと美しい(こういうのに弱いんです)。