犬と魔法のファンタジー / 田中ロミオ

就活生 in 剣と魔法のファンタジー。やっていることは、お祈りメールに苦しみながら、不条理な就活戦線を生きる大学3年生なんだけど、これをファンタジーの文体でやるので、じわじわと面白い。また、世界観がファンタジーでありながら、ストーリーがきわめて現実的に、容赦なく、一切のご都合主義的な救いを伴わずに進行するのも、非常に面白い。たしかにファンタジーの世界といえども、誰もが英雄になれるわけではなく、そこには数多くの凡人がいるはずであり、そうした凡人の、公務員にみたいな安定した職につきたい、というささやかな願望だって取り上げられてしかるべきである。
本書を読んで、就活の時のつらさや、そもそも人生ってなんなのだ、と青臭くも悩んでいた日々を思い出した。ESを書き始めて、そこに書くべき内容が何もなく、自分が何者でもないのだと気付く、あの絶望を久しぶりに思い出す。学校教育においては、個性が大事だとかなんとか言っておきながら、要は組織において役立つ個性だけが大事なのだと唐突に宣言されるのが就活であり、お前それならもっと早く言えや、という感じである。自分は、大学入りたてのころから、早く社会に出たいと公言し、ベンチャーインターンしたりと、意識を高く持っているほうではあったが、それでも就活は地獄であった。ものを食べても砂のような味しかせず、あ、これ本当にやべーな、と思った記憶がある。
最後に、本書の結末にはいろいろと異論はあるだろうけれども、個人的にはけっこう好きだ。社会に敷かれたレールの上を歩きたかった主人公が、ついぞそのレールに乗れず、道なき道を行く、というのは、いわゆる没個性的な一般ぴーぽーとは俺様は違うんだぜ、というようなヒロイズムを伴うのが通常であるが、本書は違う。ただ、単に、淡々と、自分にはそういう生き方しかできず、たまたま、そのようにして在るのが、自分という存在なだけだというような諦念があるのだ。レールを外れた者の卑屈さでもなく、凡人とは異なる道を行く英雄の自尊心でもなく、ただただ自分という存在は結局のところこういう存在であり、それが傍から見たらどれほど無価値なことであっても、かまわない。