天使の囀り / 貴志祐介

この作家は野球で例えると、ホームランは打たないけど堅実に出塁してくれてチームに貢献するタイプ。競馬に例えると、G2を快勝し、G1でも確実に掲示板に入ってくる安定感のあるタイプ。というのが私の評価ですが、人によっては十分にホームランバッターであり、年度代表馬クラスでしょう。文章も読みやすいし、ストーリーにぐいぐい引き込む力もあるので、途中で飽きるってのが全然無いですし、豊富な雑学も楽しめます。万人に勧めることができるんじゃないでしょうか。で、本著作はどうかというと、グロ寄生虫ホラーの傑作ってところです。*1

この時点で読む気なくした方は読まないほうがいいです。あなたの頭の中に広がったそのいやな嫌なイメージ通りの大惨事が待っていますので。特に精神的に堪えたのは文章に残すのもおぞましいあの○○を、あろうことか、信じがたいことに、××るシーンですね。お前、それは無いだろ、と。



考察:本当に終末医療に役立つのか?

まあネタバレすると、一方的な寄生虫ということもなく、ある意味人間に幸福を与える共生虫でもあるんですが、その使い道として「末期のがん患者など、不治の病かつ緩和できない耐え難い苦痛に苦しむ患者に投与する」というのが作中で挙げられてました。一種の積極的安楽死です。*2
現在日本での年間ガン死亡者数は30万人ほどで、そのうち5%は緩和できない激痛に苦しんでいるとされてますので、乱暴に試算すると1万5千人がこの積極的安楽死の対象になりそうです。ASLや脊髄損傷の患者も含めるとさらに増えます。この毎年約2万人の患者のために、例の寄生虫を管理運営すべきか、という論題はなかなか興味深いですが、個人的にはNOですね。まず管理が無理そうです。また積極的安楽死が唯一楽になる方法と思われていた患者にも有効な苦痛緩和策として、最近ではセデーションというものもあります。そして何より、寄生虫のもつ負のイメージが世論的にかなりのマイナスなので実現可能性が低く、たとえ実現できたとしても、終末医療に対する偏見を生み逆に患者のQOLが低下するなんてこともありそうです。

*1:とてもサイエンスなフィクションなので、[SF]としてもよかったんですが、どちらかと言えばミステリ系の作家なので、[一般小説]に。なんでもSFにしたり、これはSFじゃないと怒ったりするのがうざがられるSFファンの特徴です。気をつけなければ。

*2:この寄生虫に罹ると経過はどうあれ確実に死ぬと言う設定です