ろくでもない結末全部乗せの短編集──平山夢明「或るろくでなしの死」

 

様々な死にまつわる短編集。ろくでなしだったり、ごくつぶしだったりが死んでいくので、タイトルの時点ですでに出オチ感もあるのだが、予期された死という結末に向かっていくページをめくる手が不思議と止まらない。というのも、あまりにも登場人物全員悪人すぎて、最早ろくでなししか出てこないので、一体どいつがやられるんだ……というミステリ要素があったり、死というものが物理的な死を意味しなかったりと、ひねりが効いているのである。

そうしたエンタメ的な要素もありつつ、どの短編にも底流のように流れているのは、ろくでもない人生が、たしかにそこにあった、という生々しい実感だ。圧倒的な理不尽というか、人生が嫌になるくらいの現実がそこにあり、それをそのまま体験するにはあまりにも重すぎるので、かえってそうした事象と自分の間に透明な膜のようなものができて現実感が失われるほどの、ろくでもないなにかを感じてしまう。その失われたリアリティを取り戻すために、自分の身体を自傷するように、とんでもなく苦痛な作業でしかなないだろうその過程を経て、物語として再構成された現実が、この短編集だ。

 

かつて村上龍がなにかの短編かエッセイで書いていたが、虐待された人間が、その経験をある程度安全に再演する場がSMである、らしい。だとしたら、本作は、ろくでもなさの再演という側面もあるかもしれない。ろくでもない人生をほんの少しでも味わったことのある人間ならば、あまりにも凄惨なテキストに、かえって、なぜか、ほんの少し、癒されうる、ということを体験できるだろう。

そういう意味では、映画の「ダンサー・イン・ザ・ダーク」に近いところもある。個人的には結構好き。

個別の短編でいうと、自分に興味関心の無い他者がぼんやり・透明に見えるという病気の「或るからっぽの死」が面白かった。認知機能の不具合によって、世界がファンタジー的に映るという設定は、「ODD TAXI」的な面白さもある。そしてこの設定だからこそ描ける結末の描写というものもあって、良い。