果てしなきスカーレットとは、果てしなき〇〇である。

果てしなきスカーレット (角川文庫)

細田守の最新作「果てしなきスカーレット」(以下、果ーッ)を観てきました。

  • 最後に謎のババアが「生とは……死とは……愛とは……?(ニチャァ」と言い残すんですが、この物語とはなんも関係ありません。
  • 果ーッは、被害者が加害者を自分のターンで許すことができるのか? 加害=復讐の連鎖を断ち切る最後の番(果ての地)に自分が立つことができるのか? という物語です。
  • いやそんなん綺麗ごとやん? って思うじゃないですか。そうなんですよ。終盤、悪党の王のオジから斬られそうになって、こっちが殺らなきゃ殺られる、あーでもこの加害者を許したほうが倫理的にはええんやけどなぁ、うわぁ悩むわぁ、みたいな感じでメンがヘラってしまうスカーレットをみて、みなさんも、大丈夫かこいつ、と思うわけじゃないですか。
  • そこで理解のある竜くんが、ほなワイが代りにオジをしばいておきますわ、みたいな感じで割って入ってくるんで、スカーレットは、①信条を曲げて自分が生き残るために敵を殺す、②信条に沿って敵を許す、のどちらも主体的に決断することなく、なんか知らんけど助かったわ…(ホッ)って、最悪の結果オーライになってしまう。
  • いやいやいや、逃げるなー貴様!!!責任から逃げるなー!!!
  • 本来であれば、そこでうだうだ決断を先延ばしにしたスカーレットが順当にばっさり斬られて、駆けつけてきた渋谷ダンスニキが「うおお!許さん!!」って復讐心にかられるものの、スカーレットが「許せ…(ガクッ」って死亡し、いまの「許せ」という遺言の解釈は、①やっぱ敵を許して加害の連鎖をここで終わらせろ、ってことだよな、②いや、ツンデレ的に今まで頭お花畑かよサバンナでも同じこと言えんの?って煽ってごめん、許してクレメンス、という謝罪かな、現代文の問題的にはどっちが模範解答かな、とか無駄に逡巡してほしかった。
  • で、やっぱ許せるわけねえよなあ!うおお!となって、敵を倒してしまい、果てしなき加害の連鎖という、現実の地続きの結末を見せてほしかった。
  • でも、そうはならなかった。そうはならなかったんだよ。
  • あまりにもご都合主義だし、渋谷ダンスニキはなんかクネクネ動いていて不快だし、それをみたスカーレットがキュンって好感度あがってるのも意味不明だし、そもそも渋谷(架空)にワープするときの演出時間長すぎて気になるし、スカーレットは突然ものすごい叫び声をあげて緊迫感があるのはいいんだけど、、、
  • そう考えると、お前それガザ地区でも同じこといえんの?感が半端ない「進撃の巨人」は偉大だったし、昨今の世界情勢を鑑みてノーベル文学賞を授与すべき。
  • 音響も映像も迫力があったのはよかったです。