政治に巻き込まれる科学、それでも抵抗する科学者――上橋菜穂子「獣の奏者」

面白かった。一応ファンタジーのくくりにはなると思うんですが、ご都合主義的な魔法とかは出てこない。舞台は中世の技術レベルで、謎の巨大生物(闘蛇・王獣)を軍事利用している王国になります。主人公はこの動物の世話をする職業に就くのですが、その立ち位置は牧場の厩務員というよりも、むしろ原爆を開発した物理学者に近く、政治的な思惑にものすごく翻弄されます。正直、政治とかどうでもいいし、むしろ自分の気の赴くままに研究し、謎を解き明かしたいだけなのに、否応なく戦争や内戦の駆け引きの駒となってしまうあたり、大変よかった。
また、主人公の有能さが、魔法や血筋みたいな、天から降ってくるものではない、というのもポイントですね。事実をよく観察し、仮説を立て、それを検証する。うまくいかなかったから、うまくいくまで延々とこのサイクルをまわす。これはまさに科学の方法そのものなんですよ。そして、そのプロセスを経て、今までの常識を覆し、見事獣の生態を理解していくシーンとかは、獣のかわいい描写もあって、ぐっとくるものがあります。
あと、物語の後半は親子の物語としても面白かったですね。しかも、知識を発見し、それを次世代に残すという、科学の在り方が、親から子への継承というストーリーともよく符号しています。今やっている小さな仮説の検証のそのひとつひとつが、次の世代へとつながる知の大河の一滴であり、そしてその意味では自分もやはり大河の一部として、この重くて壮大な歴史に連なっているのだという感覚。
ホーガン「星を継ぐもの」みたいな、理解することそのものの楽しさと、科学の成果を戦争の道具にされる科学者の苦悩と、動物の癒し要素と、中世の権謀術数、それらすべてが調和している優れたサイエンス・フィクションでした。小川一水「天冥の標」シリーズが好きだったら楽しめると思います。