誰が得するんだよこの本ランキング・2015

年末の恒例行事。この1年で僕が読んだ本からのベスト本の選出です。







過去のランキングはこちら。

実用書 第2位 野口悠紀雄「仮想通貨革命」

経済学者が、ブロックチェーンビットコインの仕組みの簡単な解説と、社会的なインパクトを簡単に考察した本。
仮想通貨のの何が画期的かというと、中央銀行が管理しなくても、二重譲渡(手違いや故意による二重払い)を防止できる、ということにある。普通の通貨の決済では、現金をそのまま渡したり、債務者と債権者が同じ銀行に預けている預金の数字を増減させることが手段となる(債務者と債権者が異なる銀行を使っている場合は、銀行間で中央銀行に預けている預金の数字を増減させることで決済が可能)。
しかし、ビットコインには、現金のような物理的な実体がない。また、それは債権債務関係(負債)ではないため、銀行の預金の振替のような仕組は使えない。ビットコインの決済に近いのは、土地の売買だ。すべての土地は登記によって誰が所有者かが公示されている。なので、土地の売買は、この登記上の所有者の名前を書き換えることによって行われる(少なくとも、この要件を満たしていない売買は善意の第三者に対抗できない、すなわち決済として著しく弱い)。ビットコインの決済も、全世界のビットコインを誰がどのくらい保有しているのかという情報を書き換えることによって行われる(この書き換えは10分ごとに行われるので、ビットコインの決済も10分かかる。けっこう長いので、スーパーの買物には使いづらい)。

実用書 第1位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド

最高に面白い、の一言に尽きる。笑って読める「未開の地見聞録」でありながら、政治学の文献としても読める。なぜソマリアでは内戦が続いているのか、そしてソマリア北部・ソマリランド内では、なぜ内戦が終結して武装解除ができたのか、しかも国連やアメリカの介入を拒絶したのになぜ民主制に移行できたのか、などの重要なテーマについて、現地での取材を基にした日本で唯一の文献なのである。しかも、他国からの介入がなかったから民主制に移行できたのではないか、という興味深い視点も提供している。
さて、本書によれば、基本的に、ソマリアでは民族同士の紛争はないのだという。あるのは、同じ民族の中の氏族同士の争いなのだ。それは、日本でもあった源氏VS平氏の争いみたいなものである。そして、民族VS民族の争いではないせいか、一方が一方を滅ぼしつくすまで戦う、ということにはならず、そのうち手打ちすることで、紛争はいったん解決する。そして、紛争の解決は、基本的に損害の賠償という形で行われる。
ソマリアの政治で面白いのは、この損害賠償の際の相場が、長年の慣習のなかで決まっているということだ。それは、男が一人殺されたら、加害者側の氏族は、被害者側の氏族にラクダ100頭を支払う、という感じで、非常にビジネスライクなのである。氏族の誇りを傷つけられたのだから、徹底的にやり返す、みたいに盛り上がらない。これがすごい。まるで経済学の例題みたいに、ありとあらゆる紛争はそれを補填する所得移転さえあれば解決する、を実際に行っているのである。
そして、重要なのは、この紛争解決は当事者同士の合意さえあればよく、とくに当事者の双方より上の存在(政府)がenforceする必要はない、ということである。日本のように、お上によるenforcementが紛争解決するやり方もあるが、それだけが唯一無二の方法ではなく、紛争解決時のルールをお互い共有していることでも、紛争は解決しうるのだ。
ソマリランドの紛争解決とその後の平和をもたらしたのは、紛争解決時のルールと、そのルールに正当性をもたせた氏族の長老の存在であった。一方、南部ソマリアではイタリア統治時代に長老の権限が弱められたことや、アメリカの軍事介入によって長老が巻き添えくらって大勢亡くなったこともあり、古き良き慣習法は失われてしまい、今も紛争が絶えない。このあたり、法の支配こそが何よりも大事で、大国がお仕着せで「民主主義的な暫定政府」を支援しても、結局民主制は根付かない、というふうに解釈することもできるだろう。


フィクション 第3位 上橋菜穂子獣の奏者

面白かった。一応ファンタジーのくくりにはなると思うんですが、ご都合主義的な魔法とかは出てこない。舞台は中世の技術レベルで、謎の巨大生物(闘蛇・王獣)を軍事利用している王国になります。主人公はこの動物の世話をする職業に就くのですが、その立ち位置は牧場の厩務員というよりも、むしろ原爆を開発した物理学者に近く、政治的な思惑にものすごく翻弄されます。正直、政治とかどうでもいいし、むしろ自分の気の赴くままに研究し、謎を解き明かしたいだけなのに、否応なく戦争や内戦の駆け引きの駒となってしまうあたり、大変よかった。
また、主人公の有能さが、魔法や血筋みたいな、天から降ってくるものではない、というのもポイントですね。事実をよく観察し、仮説を立て、それを検証する。うまくいかなかったから、うまくいくまで延々とこのサイクルをまわす。これはまさに科学の方法そのものなんですよ。そして、そのプロセスを経て、今までの常識を覆し、見事獣の生態を理解していくシーンとかは、獣のかわいい描写もあって、ぐっとくるものがあります。

フィクション 第2位 グレッグ・イーガン「ゼンデギ」

余命少ない主人公マーティンが、自分の死後も息子が周囲の環境に惑わされることなく、健全に育ってほしいと願い、そのために自分の脳のパターンを電子的に模倣する代理人格を作り、そいつに息子の指南役を任せる、という話。これはSFとして考えると地味だが、現代の技術から毛の生えたようなレベルの近未来を舞台にやるので、それはそれは大変なプロジェクトとなっている。脳の活動なんて電気信号と神経伝達物質のカクテルでしょ、いけるいける、全部物理現象だし、余裕でコピーいけるわー、……とかそんな感じにはなんらんのですよ、これが。だって、そもそも脳の状態と思考は、一対一で対応しているわけではなく、そのプロセスそのものが時と場合によって変化し続けるのだ。こんな複雑なパターンを、どうやってコードに落とし込めばいいのか。イーガンの長編の中では一番地に足のついた作品。


フィクション 第1位 上田早夕里「深紅の碑文」

素晴らしい。ホットプルームによる劇的な火山活動と、火山灰がもたらす地球規模の寒冷化を目前に控えて、人類がどう行動するか、という話なんだけど、これがまたひどくつらい政治と外交と貧困の話になっている。この世界では、身体改造によって海洋生活に適応した海上民と呼ばれる人たちがいるのですが、この海上民と陸上民(身体改造していない人たち)が、いつか来る世界の滅亡に備えてお互いに資源を略奪しあうという、構図なのです。世界的な危機を世界中の人たちが一致団結して解決するという、清々しい話とは対極の、きわめて泥臭く、窒息しそうな紛争解決交渉に費やされています。
しかも、それを中央のいわゆるお役人の立場から描写せずに、海上民の過激派武装組織のリーダーの立場から描写したりするのですね。それも、反政府運動の旗手みたいにヒロイックに描かずに、ただひたすら、どうしようもない困窮におかれた仲間を助けるために行動していたら、気付いたらテロリスト呼ばわりされていた、という形なのです。これがまたいい。本当に、設定の端々から、物資の足りなさというか、世界全体の資源が不足しているとはどういうことなのか、というのが伝わってきます。