あなたの魂に安らぎあれ / 神林長平

核戦争後の放射能汚染は、火星の人間たちを地下の空洞都市へ閉じ込め、アンドロイドに地上で自由を謳歌する権利を与えた。有機アンドロイド――人間に奉仕するために創られたそれは、人間のテクノロジーをひきつぎ、いまや遥かにすぐれた機能をもつ都市を創りあげていた。人間対アンドロイドの抗争を緻密なプロットで描く傑作。偽物ばかりがあふれる世界にうんざりし、本物に憧れる主人公といい、ディック「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」と似ています。個人的にはこっちのほうが好きです。


特にここがスゴイということはないんですが、全体の構成・バランスが素晴らしい。中だるみすることも無く、中盤から一気にクライマックスに持ってく展開は優れたエンタメの証拠です。内容も、個より全体で評価したい。ワンアイディアで勝負するよりも、色んな視点から人間とアンドロイドを考察することで、重層的なバックボーンを作ったのです。だからこの本を読んだ後も、コレだという感想が浮かびませんでした。ただただ大きな世界観に圧倒されます。たしかにひとつひとつのエピソードはそこまでいいものではありません。でもこれだけ多種多様な話を無理なく統合できたのは、間違いなく著者の才能でしょう。
無粋ながらもテーマをひとつに絞るなら「人間の魂の救済」がそれです。人間の生きる意味は? 人間の魂とは? そもそも魂なんてあるのか? もしあるとしたらその魂に救いはあるのか? そのために人間にできることは? 難しい問いであり、簡単に答えるが出ることではありません。だからといって問題から逃げ続けるのもダメな気がします。答えが出なくても、立ち向かうことはできるし、そこになんらかの進展を見出すことはできるでしょう。少なくとも「わからない」ということだけはわかるかもしれませんし。
宗教の愚昧さが嫌いなので、宗教をテーマにした小説にはけっこううるさいほうなんですが、これには参りました。人間は無力ですが、「あなたの魂に安らぎあれ」と祈るくらいはできるんです。生きる意味? わかんねーよ。でも謙虚に願うくらいはできるだろ? たぶんそういうことを言いたかったんじゃないかなあ。