パラレルワールド 11次元の宇宙から超空間へ / ミチオ・カク

最も感動したポピュラーサイエンス。超ひも理論とその発展理論であるM理論量子力学宇宙論、平行世界、タイムマシンなどについて本職の科学者であるミチオ・カクが解説した科学書です。アイザック・アシモフグレッグ・ベアなど、さまざまなSFを例に挙げてわかりやすく説明しています。さながらSFを読んでいるかのようにすらすらと読めました。科学的考証に力を入れたSFをハードSFと呼びますが、とすれば本書は最良のハードSFです。
たとえば「はるか未来にはこの宇宙全体よりも大きな細胞をもつ生命が生まれるかもしれない」とか「エントロピーの増大により死にゆく宇宙から脱出する方法は何か」とか、もうモロにセンス・オブ・ワンダーです。この本を読むとSF読むのがさらに楽しくなります。とくにグレッグ・イーガン「ディアスポラ」とか。あとスティーヴン・バクスターが使っているネタをあらかた網羅してあるのは笑えました。バクスターのネタ帳かと。

とりあえず、これらの記事をちょっとでも面白く感じたのなら読むべきです。私の記事がかすむほどの多種多様な知的エッセンスがあります。とくに感動したのが著者の巨視的な文明論です。

現在生きている世代は、これまで地球上で暮らしてきた人類のなかで最も重要な世代なのでなかろうか。今までの世代と違って我々は、自分たちの種の運命をみずから握っている。タイプI文明*1 の実現へ向けて高く舞い上がるのか、それとも混沌と汚染と戦争の淵に沈むのか。われわれの決断が、今世紀全体に影響を与えるだろう。世界各地の戦争や、拡散する核兵器や、宗派間・民族間の不和の問題をどう解決するかで、タイプI文明の土台を築くか破壊するかが決まる。ひょっとすると、現在の世代の目的や存在意義は、タイプI文明への移行をスムーズにすることなのかもしれない。
選択はわれわれにかかっている。それは今の世代が後世に残す遺産であり、われわれの運命なのである。

単なる世界平和の呼びかけや説教臭い理想論に聞こえるでしょうが、著者の視野の広さを考えるとそれは間違いです。

死は、あらゆる情報処理が最終的に停止した状態と定義できる。宇宙のいかなる知的生命も、物理学の基本法則を知るようになると、宇宙そのものや、そこに存在する知的生命の最終的な死を意識せざるを得ない。(中略)物理法則は、われわれが平行宇宙へ脱出できるようになっているのだろうか?


最新の宇宙論では、平行宇宙は存在し、この宇宙から平行宇宙への次元を超えた脱出も可能であるとしています。しかし、それには途方もないエネルギーが必要であることも明らかになりました。そこで著者はこう提言します。

「地球なんてほっとくと50億年かそこらで太陽にのみこまれて蒸発しちゃうし、宇宙もそのうち熱力学的な死を向かえる。この定められた死を前にして、人類はこんな狭い惑星の上で小競り合いをしていていいのか? たかだか100年かそこらの覇権のために文明を食いつぶしてしまっていいのか? 
まずは惑星、次は恒星、そして銀河系と、活用できるエネルギーを増やすべきだ。そしてそのエネルギーを用いてこの死にゆく宇宙から脱出する準備をすべきだ。たとえそのワームホールの大きさが小さくて人間が通れなくても、精神を電子化してナノマシンに組み立てさせればいいし、DNA情報だけならそれほどかさばらない。
人類の目的なんて、人それぞれ考えがあるだろうが、そのことについて考えられるのもまず生き延びてこそだ。この死にゆく宇宙から脱出できるだけのテクノロジーを確立することがまず先だろう。ナイフが胸に刺さっている時に人生の意味について考えても仕方がない。まずはナイフを抜いて治療すべきだ。私たち人類(そしてこの宇宙の全生命体)にも熱力学的死という名のナイフが今まさに突き刺さっているのだ。人生の意味について考えるのは、このナイフを抜いてからでも遅くはない。ましてや、そのナイフを無視してお互いに殺しあっている場合ではない」。
なんてスケールのデカい話だ……! たしかに「生きる意味とはなにか?」なんて哲学してるよりも、まず「どうやって生き延びるか?」と考えるほうが合理的です。隕石が地球に衝突するという危機を乗り越えるため、世界中がひとつになるという映画がありますが、現実に人類はこのような危機的状況にあるわけです。そのことを啓蒙してくれる本書の衝撃はまさに知のディープ・インパクトどんな文学や哲学よりも、人類としてどう生きるべきかを思い知らされました。SFでも似たような科学マインドを感じた傑作はありますが、実際に第一線で活躍している科学者がこのように言っているのは感動もひとしおです。とにかく超オススメ。

*1:惑星全土を支配する単一の文明圏をもち、1個の惑星のエネルギーを活用し尽くす文明。タイプII文明は1個の恒星のエネルギーを、タイプIII文明は1個の銀河系のエネルギーを活用し尽くす。