未完のファシズム / 片山杜秀

日本はなぜ負けると分かっていたのに、あんな戦争を始めたのか? ―――という問いには決まってこう答えられる。ファシズムのせいだ。一部の権力者に権力が集中する体制だったから、あのような無謀な動員が可能だったのだ、と。それに対して、本書は、ファシズムが未完成だったからこそ、戦争がはじまったと主張する。全体を管理する権力者がいれば、非合理的な戦争は起こりえない。しかし、たとえトップがこの戦争は非合理的だと思っていても、その意思を組織に徹底させることができなければ、現場の思惑次第でなし崩し的に戦争は始まってしまう。
この本の面白さは、権力が集中する体制のほうが戦争を起こしやすいという一般的なイメージを覆す点にある。むしろ権力が集中する体制のほうが、トップが集まったすべての情報をもとに意思決定するので、不十分な情報の中で組織のそれぞれの部署が意思決定する分権的な体制よりも、意思決定が合理的かもしれないのだ。
僕はハイエク好きの自由主義者なので、分権的な体制が好きだ。基本的に、市場経済に国家が介入するべきではないと考えている。しかし、外交や軍事においては、分権的な組織というのは有害なのだという事実は、なかなか衝撃だった。

皇道派と統制派

本書の内容は、第二次大戦に関わった軍人たちの軍事思想史である。その主な軸は、皇道派と統制派の対立であった。皇道派は、エネルギー資源のない持たざる国は、持てる国に勝てないと考える。エネルギー資源を持とうと領土拡大に手を伸ばすと、それだけ持てる国と接触するリスクが増えてしまう。もし仮に戦争になってしまった時は、物質の不足を精神で補う。つまり、気力で敵兵を圧倒して、「こんなやばい連中とは戦いたくない」と相手をビビらせ、戦争を最速で終了させる。これが皇道派のスタンスだ。
たいして、統制派は、持たざる国が持てる国に勝てないのなら、持てる国に成長すればいいと考える。そのためにはエネルギー資源のある地域を占領することも辞さない。石原莞爾満州事変を起こしたのも、この統制派の思想から来たものだった。

文章化されていないマニュアルの引継失敗

第二次世界大戦の日本は精神論が支配し、物質的な条件を無視していたと批判される。なぜこんなことになってしまったのか。その経緯は、皇道派が不完全に軍の方針に関わってしまったからだ。軍の方針のマニュアルを皇道派がつくったのが悲劇の始まりだった。皇道派は本音では、「アメリカと戦争やったら負けます」と書きたかった。しかし、軍人は戦争に勝つのが仕事なので、マニュアルに負けますなんて書けないのだった。仕方なく、なんとかして勝てる筋道を考えなくてはいけない。持たざる国が持てる国に勝利するための、奇跡を描かねばならない。
その答えが、精神論だった。苦肉の策ではあるが、気合で物質的不利を乗り切る、というのは、一応解答の体をなしている。しかも、これはいざ戦争になったときのマニュアルなので、そもそもアメリカと戦争をしないように気をつければよい。下々の者には精神論で士気を高めてもらって、我々幹部が戦争を起こさないようコントロールすればよい。なんだ楽勝ではないか。
……甘かった。皇道派はマニュアルを書いた後に失脚した。なお悪いことに、文章化されたマニュアル(根性で持てる国に勝て)だけが引継がれ、「そもそも持てる国とは戦わない」という暗黙の方針は引継がれなかった。つまり、苦肉の策として用意した、実際は使われることが無いはずのマニュアルが、軍の基本方針として残ってしまったのだ。
これには統制派もビビる。なぜかというと、統制派は「持たざる国は、持てる国になるまで産業の発展に集中し、持てる国には喧嘩を売らない」という、待ちの戦略なのだ。それが、軍のマニュアルで「根性があれば、持てる国だろうが、勝てる」などと狂気の思想が書かれているので、持てる国に成長していない未熟の段階でも、突っ込まざるを得なくなってしまった。それをやらないと、マニュアルを愚直に信じた層から弱腰だと非難され、組織内での権力を保てない。
様々な思惑が絡み合い、かつ、その思惑をすべて知った上で整合的な意思決定をできる権力が組織内になかったために、あれよあれよと言っている間に軍は泥沼にはまってしまう。そもそも、すべての方針はマニュアルで文章化すべきであったし、かつ、組織として統一的な対応ができるようトップダウンで方針を決定できるべきであったのだ。……本書のタイトルは「未完のファシズム」ではなく「未完の組織」でもよかったかもしれないな。