国際政治史 / 岡義武

僕が国際政治史を読むたびにはげしく違和感を覚えてしまうことは、議論の中で国家が擬人化されてしまうことである。例えば、アメリカは共産主義に対してはげしい憎悪を抱いており、ソ連としても資本主義諸国に対する反感を常に持っていたのだった、とか言われてもイマイチぴんとこないのである。アメリカの中にだって共産主義者はいたであろうし、ソ連の中にも全体主義に嫌気がさしていた人もいたであろう。それら有象無象の集合を便宜上、国家という枠組みの中に置いているだけなのであって、そんな人々の集合が自らの意思を持ち、お互いに駆け引きしているなんて、なんというか、一種の物語みたいなものである。
では国家をかくのごとく突き動かしたものはなんだったのか。それは一般的には「国民的利益」とされている。しかし、ルソーの一般意思のごとく一元的に決められる「国民的利益」など存在しないだろう。それぞれ異なる利害をもつ複数のアクターの暫定的な力関係を反映したものが、「国民」の「利益」と呼ばれているにすぎない。それは必ずしも当の「国民」すべてに有益なものとなることはないし、「国民」の多数派にとってすらも不利益なことも珍しくない。
さて、帝国主義の話に入ろう。現在では、他国を侵略する邪悪なイデオロギーとして紹介されることの多いものであるが、しかし当時においては当然に必要のものであった。とくに恐慌時には、経済の安定化のために植民地は不可欠だったのだろう。植民地は資源の供給地であり、製品の独占市場だったのだ。需要不足に苦しむ不況時にこれほどありがたい存在はない。とくに各国間の自由貿易体制が確立されておらず、不況時になるとすぐさま保護貿易に走るような国ばかりの状況では、いいようにコントロールできる植民地はどうしても必要だったのだ。
それに侵略戦争は無名の若者に職と尊厳を与える公共事業でもあった。(余談だが本書では無味乾燥な教科書的文章が続く中で、戦争が当時の若者にとってどう捉えられていたかを記述する部分は例外的に生き生きとしていた。)
しかし植民地候補は無限にあるわけではないのでいつかは分割されきってしまう。そうすると他国との間で植民地争奪戦せざるをえなくなる。というわけで、不況になったら対外的に保護貿易して、植民地に商品を買わせて需要を無理矢理作るという経済体制では、戦争するインセンティヴがかなり高い。というわけで、自由貿易体制を不況時でも維持すること・不況時の需要喚起を植民地以外の手段で行うこと(たとえば金融緩和)などによって戦争を回避することができるのではないか。
ファシズムが大衆に歓迎されたのもそれが「自由からの逃走」を約束したという理由もあるが、「失業からの逃走」を約束したからという理由も大きいのではないか。民主的な政治を実現したからといって国民を全体主義の独裁から解放するということにはならず、むしろ民主制は世論を外交に反映させることによって対外的に強行策をとってしまう危険性を高めた。
だからといって絶対王政のころのような貴族たちの内輪の外交に戻ればいいというわけではない。が、経済的な安定のためなら他がどうなってもかまわないという、利己的なインセンティヴを僕たちが持っていることは強調しておきたい。
うまくまとまらないのだが、僕はうじゃうじゃとした人々のインセンティヴの絡み合いとして国際政治を捉えてみたいのだ。国家同士の対立に解はなくとも、人々の絡み合いの中には解はあるような気がする。
たとえば領土問題で相手国が有利で自国が不利な場合、国家レベルで見れば損であるが、個人レベルではその損をヘッジできる。たとえば北方領土が相手国(ロシア)に経済的便益をもたらすことが明らかならば、自国(日本)の金融資産を売って相手国(ロシア)の金融資産を買えばいい。尖閣諸島の権益を中国が主張するのなら、中国の資源関連銘柄を買えばいい。そうすることで相手国の「国民的利益」の恩恵を間接的に受けることができる。自由な金融市場があれば、いまや国家衰退のリスクすらヘッジできるのではないか。