安全保障の民営化がもたらす外交の変容―――P・W・シンガー「戦争請負会社」

1996年、A国中央政府は絶望的な状況にあった。太平洋に浮かぶ群島国家であったA国は、その経済を鉱山資源の輸出に依存しきっていた。その鉱山が反政府武力組織に占領されたのだ。しかし、国防軍にその奪回のための軍事力はなかった。旧宗主国からの援助も断られたA国は、それまで同盟関係になかったBに軍事援助を依頼した。Bは360万ドル(A国国防軍の年間予算の150%に相当する)の対価として最新鋭の攻撃部隊による反撃を約束した。この契約金の出所は未公認の予算削減と占拠された鉱山の国有化と売却である。
この取引は国民的な議論も議会への通知もなく行われた。この取引の過程で元国防大臣が50万ドルの賄賂を受け取り、行政府内の権力者に根回しをしていたことが後に発覚した。その後、軍の指導者がこのスキャンダルをもとに首相を批難する。取引の詳細が民衆に知らされると、軍を支持するデモがはじまり、文民政府は最終的に非を認め、首相は辞職して暫定政府に変わった。この混乱のため、Bの作戦は打ち切りとなった。
さて、AとBの取引は密約だろうか? 密約(秘密条約)を民主的な手続きに違反した外交取引だととらえるなら、そう言えるだろう。しかし、これは正確には密約ではない。Aはパプアニューギニアであるが、Bは実は国家ではない。民間軍事会社サンドライン社である。

国家が軍事力を独占した時代の終わり

PMF(Private Military Firms、民間軍事会社)は、冷戦後の産物である。冷戦においては、周辺地域は二大国の軍事介入が常にあったため権力の空白は生じなかった。冷戦が崩壊すると、そもそも周辺地域に利害関係をもたない大国は介入しなくなり、その権力の空白を埋めるように内戦が多発した。
ソ連が冷戦期に過剰供給した武器が市場に安価に出回ったため簡単に武力蜂起できるようになったのも原因である。冷戦期のもうひとつの過剰供給は軍人である。軍事予算削減によって多くの軍人が国民軍を辞めた。彼らが民間軍事会社を作ることになる。「冷戦(の終了)は巨大な真空を残し、私は市場に入り込む隙間があるのを見つけた」と、エクゼクティブ・アウトカムズ社を創立した元南アフリカ軍のイーベン・バーロウは語る。 *1
そもそも正規軍が一般的になったのは三十年戦争(1618〜48)以降である。それまでは専門的技能をもつ傭兵が戦場の主役であった。しかし銃の発明により誰でも簡単に兵士として一人前になれるようになると兵士は質よりも量になってくる。こうして常備軍をもつ専制国家が戦場で強くなる。しかし今や再び専門的技能が戦場での勝敗を左右するようになった。戦闘機のパイロット、情報戦を制するハッカーといった人材の重要度が高まり、しかもそうした人材が市場で手に入るようになった。*2  
今やそうした民間の軍事力が、正規軍よりも強い場合すらありえる。シエラレオネでは反政府武力組織RUF(革命統一戦線)との内戦が1991年以降続いていた。この反乱軍を抑えるだけの力は正規軍にはなかった。犯罪者と浮浪児(しばしば12歳という低年齢の者がいた)を急いで入隊させるといった愚行のおかげで政府軍はすぐに分解し反乱軍ではなく民間人を標的とする略奪軍に変わっていた。首尾一貫した前線はなく、政治的大義もないこの内乱に国連は無力だった。加盟国が意欲に欠けるため軍隊が揃わず、戦場では命令系統や交戦規定の混乱のため非常に弱いのだ。この内戦を終わらせたのは、エグゼクティブ・アウトカムズ社という一企業であった。

エグゼクティブ・アウトカムズ社のシエラレオネにおける経験と多国籍軍の作戦という対照的な例が、この提案のために最もよく引用されるものである。民間企業エグゼクティブ・アウトカムズ社の作戦は、規模と経費の点で国連の作戦の約4%にすぎなかった。さらに重要なことに、民間企業の作戦のほうがはるかに成功だったと一般の人々は考えている。反乱軍をものの数週間で敗北させ、選挙を行えるに十分なまでに国の安定を回復した。国連だと何年もかかる仕事である。*3

総額3500万ドルの経費で(政府の年間軍事予算のたった三分の一)、シエラレオネの戦火は止んだ。低強度紛争(第三世界に見られるゲリラ戦やテロ行為)では、紛争の犯罪化が起こっており、そこでは正規軍や国連の平和維持軍よりもPMFが安価に秩序の回復を達成できるということがわかる。しかしPMFにも問題は多い。


PMFの問題点

  • 監視できない
  • 不完全情報によって雇用主は判断するしかない
  • PMFから捨てられるリスクがある
  • 企業そのものが国際政治のアクターとして国家と対立する場合がありうる(英国東インド会社など)
  • 法的責任を問えない(正規軍の兵士は国際法上も地位で、犯した戦争犯罪は裁かれる)
  • 戦時のため資源の軽卒な売却をしてしまうおそれがある  
  • 国益よりも株主利益で動く(MPRI社はアメリカの退役軍人が主な社員である軍事コンサルタント企業で、上場企業のL-3社に買収された)
  • 利益重視のため紛争の長期化をまねくおそれがある
  • 軍部の反感をまねく(パプアニューギニアの事例では、無能扱いされた正規軍が文民政府の交代の引き金を引いた)
  • 「ならず者」陣営にも雇用される

PMFの需要

こうしたデメリットがありつつも、PMFはその規模を拡大し続けている。その理由はなんだろうか。

  • 正規軍が弱い
  • 正規軍よりも安く運用できる
  • 資産はあるが軍隊の弱い国家が利用する。「仮にある政権が公的資産を軍事的に支配していないとしても(たとえば、有利な鉱山が現在は反乱軍の支配下にある場合)、世界的に承認された主権所有者として、それらを合法的にPMFあるいはその同盟企業に売却することができる。(中略)国際市場との結びつきを支配したものが、現地の競争相手を上回る力を獲得するのである。」*4
  • 行政府が結果責任を負わなくていいPMFに責任転嫁できる。さらにPMF国際法上の規制がなく、民間人を誤って殺しても裁かれない)
  • 行政府が説明責任を負わなくていいアメリカでは5000万ドル以下の請負契約なら議会に通知されない。さらにいざ戦死者が出ても正規軍でないため世論から攻撃されないし、そもそもニュースにならない)


そしてこの「行政府が結果責任・説明責任を負わなくていい」というのはまさに密約がなされる理由でもある。いや、相手が国家でない分だけ、その秘密性は軍事請負契約のほうがはるかに高い。よってこれから安全保障関係の密約が担ってきた役割は民間への請負契約に移るのではないだろうか。そしてそれは密約がもたらしてきた問題よりもはるかに厄介な問題をもたらすことになるだろう。

*1:204p

*2:136p

*3:359p

*4:327p