イリーガル・エイリアン / ロバート・J・ソウヤー

ソウヤーの最高傑作。
ファースト・コンタクトもの。エイリアンの滞在する施設で、地球人の惨殺死体が発見され、容疑者としてエイリアンが逮捕されてしまう。相手がエイリアン? 知るか! 裁判だ裁判!……というストーリー。さすがのコモン・ローもこれには苦笑い。SFとしてよりも異色の法廷ミステリとして楽しめました。

一応殺人事件なので、みんなマジメに陪審制の裁判に取り組むんですが、その過程がシュールで笑えます。主人公はエイリアンを弁護する側に立って闘うことになるんですが、法律的な話をすると全てギャグに聞こえてしまう。たとえばエイリアンに「心神喪失」は適用できるのか? 人間の基準で気がふれているということをたとえ立証できてもそれがエイリアンの基準でごく正常のことだったらどうすればいいのか? とか。法学部生ならにやりとできますよ。
ほかにも、検察側と弁護側が陪審員候補向けに作った質問表なんかが笑えました。アメリカ法では、自分たちに不利な偏見を持っていそうな陪審員を一定数候補者から落とせる手続きがあるのですが、こんな質問になります。

以下にあげるテレビ番組のうち、現在あるいは過去において、定期的に見ていたものはありますか? 見ていた番組があれば、それぞれのエイリアンの描写について、同意、不同意、意見なし、の三段階で答えてください。
〈アルフ〉
〈バビロン5〉
〈宇宙家族ロビンソン〉
〈モーク&ミンディ〉
スタートレック〉シリーズのいずれか
X-ファイル
ロサンジェルスSF協会(LASFS)のメンバーたちが、この質問のための番組選択を手伝った。〈アルフ〉や〈スタートレック〉や〈モーク&ミンディ〉のエイリアン描写に同意とこたえた人びとは、弁護側に好意的だと思われるし、〈バビロン5〉や〈宇宙家族ロビンソン〉や〈X-ファイル〉の描写を気に入っている人びとは、検察側に好意的だと思われた。
どちらに偏っているにせよ、根っからのSFファンや宇宙マニアは排除しなければならなかったので、こんな質問もあった。
ミスター・スポックの父親の名前は?
SETIはなんの頭文字か知っていますか?
SF大会に参加したことはありますか?
UFOを見たことがありますか?

陪審で裁いちゃってよかったのか

それにしてもエイリアンを陪審制の裁判にかけることについてもっと反発があると思ったんだけどなあ。陪審制って法律的な正しさよりも民主主義の精神を優先した政治的なシステムなんですよ。
「お上の言うことなんて信じられない。この社会はおれたちみんなんのものなんだから、おれたちみんなの意見を通すべきだ。そのせいでたとえおれが有罪になったとしても、それがおれたちみんなの意見なんだから、おれは納得するぜ」
そういう精神が宿っているのです。この《おれたちみんな》というところがポイントでエイリアン(外国人)なら、まだしも同じ地球人としてカウントできるんでしょうが、エイリアン(異星人)の場合は明らかに《おれたちみんな》に入ってないですよね。同じ知的生命だからいいんじゃね? という意見もあるでしょうが、それならチンパンジーやイルカにもcivil rightsを認めなくちゃいけない。*1 そもそも一国がエイリアンという全世界的来賓を裁くことができるのか、という問題もあります。一国の判断で「じゃあエイリアン死刑にしましょう」→「報復として地球が侵略されました」→「人類は滅亡しました」とかになったら他の国は困るわけです。とはいえ法廷ミステリとしてふつうに楽しめたんで文句はありません。
あとソウヤーの作品の中で一番ラストが気に入っています。楽天主義・理想主義はこうであるべきですよ。現実に悲劇がおこっても、いや現状が悲劇的だからこそ、「なんとかなるよ」と楽観的に社会にコミットする姿勢が必要なのです。

*1:さすがにhuman rightsはないだろうけど