誰が得するんだよこの本ランキング・2011

今年は震災や就活でぶっちゃけ本とか読んでる場合じゃないって感じだったんですが、なんだかんだ140本くらい書評を書きました。そこで恒例の年間ベストです。気持ちとしては「誰が損するんだよこの本ランキング」にしたいところですが、ブログ名との兼ね合いでこのタイトルになっています。実用書とフィクションそれぞれベスト10を発表するので計20作です。





過去のランキングはこちら。

実用書 第10位 岩井克人・佐藤孝弘「IFRSに異議あり」

IFRSは2012年に上場会社に強制適用するかどうかが決定され、最速で2015年に強制適用が開始します。会計基準グローバル・スタンダードなどという文句とともに、導入は既定路線です。本書はこのIFRSを理論的に批判したもの。政策提言の本でありながら、会計学の資産負債アプローチを理解するテキストとしても有用。



実用書 第9位 Minoru Nakazato and J. Mark Ramseyer “The Tax Incentives That Destroyed the Government: An Economic Analysis of Japanese Fiscal Policy, 645-1192” *1

税制一つで国滅ぶ、という豪快な論文で最初読んだときは爆笑したのだけど、言われてみればなるほど、なかなか示唆に富む内容です。たとえば平安時代の農民が朝廷(public government)ではなく貴族の荘園(private government)に貢ぐようになったかというと、それは課税逃れだったと説明しています。
この時代、貴族や僧侶には課税されていなかったので、農民は自分の土地を彼らに寄付し、税金を払う代わりに賃料を払うようになったのです。おそらく、その方が農民にとってお得だったのでしょう。支払う額が安かったのか、対価として受け取るサービス(治安維持・防衛)が良質だったのかはわかりませんが。また貴族のほうでも、自らの法的特権を利用して賃料を稼げるわけですから、win-winの関係です。ともあれ、貴族や僧侶の荘園における統治の方が成功し、1192年には鎌倉に強力なprivate governmentができました。これが鎌倉幕府です。


実用書 第8位 石井彰「エネルギー論争の盲点―天然ガスと分散化が日本を救う」

エネルギー関連本は、新技術に夢見る技術屋が書いたお花畑や、エコ大好きの環境主義者のゴリ押し本が多くて、うんざりでした。なので本書はエネルギーの効率性という視点から現状を俯瞰しており、新鮮でした。まず、著者は質の良いエネルギーの基準として、EROEI(Energy Return On Energy Invested)をかかげます。エネルギーの採掘にもエネルギーかかるわけですから、できるだけ少ないエネルギー投資でより多くのエネルギー収入を得られないと文明を拡大させていくことができません。このEROEIを見ると石油・天然ガス100、原子力20、太陽光10、となっており、原子力再生可能エネルギーもしょぼいことがわかります。



実用書 第7位 神田昌典「あなたの会社が90日で儲かる!―感情マーケティングでお客をつかむ」

本書では、マーケティングの基本は、商品のカッコよさやクオリティの高さを演出することではないと断言しています。そのようなイメージ広告は大企業のような体力のあるところしかできず、中小企業がやってもお金をドブに捨てるようなもんだというのです。そもそも、そうした広告はどこもやっていることなので「どれも同じような商品なら安いやつを買おう」という価格競争になってしまい、会社にとっては茨の道です。では、どんな広告宣伝が有効なのかというのが本書。




実用書 第6位 鬼界彰夫「ウィトゲンシュタインはこう考えた」

僕たちは言語によって意思を伝える。つまり、言語の重要な部分はその内容であると信じている。現にこの文章を書いている今も、僕の頭の中にある思考が、その内容を維持したまま、このスクリーン上の言語を通してあなたの思考へと流れ込んでいっていることを、僕は信じている。でもウィトゲンシュタインは信じない。では言語を使って、僕たちは何をしているのか。
……という話に興味があったら読んでもいいです。




実用書 第5位 岩谷誠治「借金を返すと儲かるのか?」

会計の入門書。素人が実感できる「儲け」と会計上の「利益」ってけっこう違うので、諸々の企業活動がどのように会計上翻訳されているのかを説明する本書は貴重です。4,5回読んで血肉にしたい一冊でした。
著者からコメントもらいました。




実用書 第4位 川島博之「食糧危機」をあおってはいけない

読んでいて楽しい。真に啓蒙的な本というのは、ただ単に役立つだけでなく、世界が広がっていく爽快感をともなうのです。本書では食糧不足というのが単なる俗説で、実際は潜在的な生産能力がかなりあるということをデータで示しています。とくに面白かったのはアフリカで化学肥料が使われない理由。実は化学肥料によって農業の生産性を上げること自体は簡単らしいです。しかし農作物を輸出する物流・インフラが無いため、大量に収穫できてしまうと供給が需要を上回ってしまい、農作物の価格が下落してしまうのです。だから、飢えで苦しむリスクを背負ってでも生産性の低い農業を続ける方が、農家にとっては得なわけです。なんて世界だ。



実用書 第3位 川人光男「脳の情報を読み解く」

脳内の思念によって機械を動かす技術の話。たとえば、すでに米国のサルの脳に電極を刺して情報を観測し、それをネット経由でDLして日本のロボットに同じ動きをさせる、なんてことができます。「攻殻機動隊」風にいえば義体のリアルタイム・リモートコントロールですよ。人間の場合でも、頭皮の外側からヘッドギアをかぶって、アシモを動かすことができます。ゆくゆくは要介護者がロボットを思念で操作して自分を介護するなんてこともできるでしょう。



実用書 第2位 ローレンス・レッシグ「CODE VERSION 2.0」

「東浩紀の選ぶ20冊」で紹介されて、ふーん、とか思って読んでみたら予想以上に面白くてコーヒー吹きました。政府の規制よりもむしろ、市場が提供するアーキテクチャのほうが、より深刻な自由に対する脅威となる場合もあるという著者の主張には、僕ですらリバタリアンをやめようかと思いました。サイバースペースと法を考える上で必読。未来の古典。



実用書 第1位 ハイエク「法と立法と自由I」

法学部生として最も感銘を受けた。
ハイエクは法と立法を区別して、その上で法は立法よりも古い、と述べています。たとえば民法の条文ができる前からも、僕たちの社会には一定のルールがあったし、法学者というのも存在したわけです。そのような自制的秩序に比べたら、行政法なんてぽっと出の人民政府がでっち上げた人為的ルールにすぎないわけです。このような法理解はなにもハイエクに特有のものではなく、既存の秩序とそれを信頼する人々の予測可能性を重視する裁判官も共有しているものであり、実際に判例を理解する上でも役立ちます。
この本を読む前にまず「個人主義と経済秩序」 を読むのがオススメ。「法と立法と自由II」「法と立法と自由III」は翻訳がひどいので無理して読む必要はないです。





フィクション 第10位 スタニスワフ・レム「虚数」

架空の書物の序文ばかりを集めた作品。しかもその架空の書物は、将来刊行されるであろうとレムが予想するもので、つまりこの作品は序文という形を取った壮大な未来予測でもあります。色々な作品が紹介されているのですが、共通しているのは「自然現象としての言語」というモチーフです。たとえば、バクテリアに言語表現をアウトプットしないと死ぬような環境を与え、人工的な淘汰によって、言葉をしゃべるよう適応したバクテリアをつくる話があります。僕たちは言語というものを、なんらかの知性がその意思を伝達するために使う道具のようなものだと考えていますが、レムが提示するのはそのような意思を欠いた言語なのです。



フィクション 第9位 至道流星「雷撃☆SSガール」

ビジネス小説のラノベっていうだけで軽薄なものしか想像できないわけですが、この本に限っては予想を裏切られました。完全に面白いです。さしたる技術も人材もない零細企業がアイディアだけでのし上がる様は本当に楽しい。






フィクション 第8位 真山仁「ハゲタカ」

ハゲタカファンドという、ボロボロになった会社の株や債権を買い叩いて高値で転売するビジネスの話なんですが、会社をめぐる制度がどのように使われているかがよくわかります。会社法の教科書を読んだだけじゃ、ステークホルダーの利害の対立とかもよくわかりませんが、これを読めば一発です。あと単純に銀行の業務に詳しくなれるっていうのもメリットですね。作中では、不良債権バルクセールを担当する都銀の人が出てくるのですが、ちょうど同じ仕事をしていた人に面接のときに出会って話がはずみました。


フィクション 第7位 ロバート・J・ソウヤー「イリーガル・エイリアン」

ソウヤーの最高傑作。
ファースト・コンタクトもの。エイリアンの滞在する施設で、地球人の惨殺死体が発見され、容疑者としてエイリアンが逮捕されてしまう。相手がエイリアン? 知るか! 裁判だ裁判!……というストーリー。さすがのコモン・ローもこれには苦笑い。SFとしてよりも異色の法廷ミステリとして楽しめました。



フィクション 第6位 グレッグ・イーガン「プランク・ダイヴ」

「暗黒整数」という短編がとにかくすごい。数学的な真理はイデアのように存在しているのではなく、物理的なプロセスとして暫定的に存在しているだけ、という話。そうすると1+1=2も、それが唯一の真理ではなく、僕たちの住んでいる時空の構造とフィットしているだけということになる。では、僕たちの数学的なプロセスとほとんど相互作用のない数学的なプロセスも在りうるのではないか、つまり、暗黒物質ならぬ暗黒整数もあるのでは、となる。すごい。かっこよすぎる暗黒整数。もう一生ついていきますイーガン先生。


フィクション 第5位 「ベルセルク」

今さら紹介するまでもないんですが、やっぱり名作。







フィクション 第4位 田口ランディ「コンセント」

毒にも薬にもならない本が多い中、これほど毒になる小説もめずらしい。突然電池が切れたように生きるのをやめた引きこもりの兄の謎を追うミステリとして、話は進む。だがそれは見せかけだけで実態は強烈なオカルトだ。この作品で描かれるオカルト内容は、気持ち悪いくらいに生命力のあるウィルスのようなもので、読めば必ずあなたの現実世界は浸食される。
続編の「アンテナ」も傑作です。ただし完結編の「モザイク」、てめーはダメだ。


フィクション 第3位 円城塔「Boy’s Surface」

先の芥川賞でこれを評価するのしないので意見が真っ二つに割れたのは、円城塔「これはペンです」でした。

文壇はいまや円城党と反円城党の二大政党制に移行しているといっても過言ではないでしょう。




フィクション 第2位 「おやすみプンプン」

どう描いても三人称にしかならないメディアにおいて、一人称の物語を展開するという冒険。手法の前衛っぷりに比べて、主人公は前にまったく進もうとしない内向的な人間なのも面白い。自分の役に立たなさに悩み、部屋にこもってうじうじしてるようなヤツの話なんて誰が読みたいんだ、なんて作品内でも自己言及されていますが、僕は読みたい。




フィクション 第1位 「結晶銀河」

津原泰水「五色の舟」と長谷敏司「allo, toi, toi」というオールタイムベストの短編を収録したアンソロジー
「allo, toi, toi」はとくに好き。人間に限らず動物は、カロリーの高いものや異性を「好ましい」とする個体のほうが、それらを「嫌い」だとする個体よりも生き延びやすいと考えられます。つまり「好き嫌い」は、生存を有利にするためのプログラムだったのです。ここで重要なのは「好き嫌い」は事前的な欲求がどう生じるかのシステムであって、行動の結果どのような快感を得るかの「快と不快の感じ方のセット」とは別だということです。実際に人間は「カロリーの高い食べ物」は「カロリーが高い」ために「好き」なのであって、それが「甘い(快感をもたらす)」から「好き」なわけではありません。
にもかかわらず、僕たちは「ケーキ(カロリーの高い食べ物)」が「甘い」から「好き」と、言語で表現してしまっています。たとえ「甘い」と感じなくても「好き」なはずなのに、「甘いから好き」という言語表現があるために、「甘い」ものを「好き」だと新たに考えるようになってしまうのです。要するに、お前の「好き」って生身の欲求から来るものよりも社会や文化によって後発的にそう思い込まされてるだけの、そういう「好き」ってことなんじゃないの? と問いかけているわけですね。この問いかけは強烈ですよ。

*1:東京大学社会科学研究所「社会科学研究」第51巻第3号3-12p(2000) 収録