ΑΩ(アルファ・オメガ)―超空想科学怪奇譚 / 小林泰三

小林泰三の集大成ともいえるハードSF。ウルトラマンゴジラなどの特撮モノはちびっ子に大人気の夢のあるファンタジーですが、実際にあの世界をリアルに再現したら地獄だろっていう話です。怪獣が大暴れしているその瓦礫の下には多くの人命が虫けらのように踏み潰され、血と肉とその他臓物が飛び散っているわけですが、そんなものはテレビの画面には映されません。しかしリアルを追求するならそういうグロ描写も避けて通れないわけで、空前のスプラッタホラーになっています。「ベルセルク」の蝕よりもきついです。
いくらなんでも過剰だと思うのですが、そんな読者のドン引きも気にせず作者はやりたい放題。さすが泰三! 俺達に出来ないことを平然とやってのけるッ! 
とはいえ不満があるとすればこの点だけで他はもういくら激賞してもし足りないほど素晴らしい。ウルトラマンだけなく、寄生獣エヴァンゲリオンJOJO、などの様々なパロディがあり笑えます。SFだからこそできる形の宗教批判もあり、新味があります。ドタバタのようないきあたりばったりなストーリーですが、ラストだけは切なく美しい。そしてなんといってもハードSFの部分が圧巻。
異星人の描写を楽しめた方なら、ヴァーナー・ヴィンジ「遠き神々の炎」、宇宙規模の出来事やダークマターに関心がある方ならスティーヴン・バクスター「虚空のリング」もオススメ。


センス・オブ・ジェンダー

ウルトラマンの故郷は光の国ですから、当然主人公のガの故郷も光の国じゃなくてはいけません。そこで作者はガをプラズマ生命体に設定します。物質の第四の状態といわれるプラズマですが、実は宇宙の全物質の99%を構成しているのがプラズマなわけで、私たちと同じように固体・液体・気体で構成された宇宙人よりも、ある意味現実的な存在です。このプラズマ生命体の描写が非の打ち所のない出来で、作品の中で最もセンス・オブ・ワンダーを感じました。この部分はジェンダーSFとしても見事。
まず性の役割とは何でしょうか。遺伝子の交換とそれによる、遺伝情報の多様化がそうでしょう。人間の場合20年ほどで世代が変わるので、20年ごとに情報をシャッフルしてミックスしているわけです。この20年というスパンをもっと短く出来れば、その分より淘汰と進化のスピードを上げることが出来るでしょう。固体同士が情報を交換することが目的なのですから、その情報交換に時間がかからなければかからないほど淘汰のスピードがあがり、種にとっては有利です。そのスピードを限界まで高めたのが、この作品で描かれているプラズマ生命体です。
彼らはセックスにより子どもをつくるという能力がありません。代わりにセックスのたびにお互いの情報が交換されます。長年連れ添った夫婦は似てくるといいますが、彼らはセックスするたびに互いが互いに似るわけです。この世界で、生存に有利な資質をもっている個体のモテ具合はまさに引く手あまた。セックスすなわち自分の資質向上になるわけですから、人間のそれとは比べ物にならないくらいモテるやつは勝ち組です。逆に能力が劣っていたり犯罪者だったりすると、悲惨です。周りから交換するに値する情報を持っていない、それどころか有害な情報を持っているとされセックスさせてもらえません。そして一旦させてもらえないと、ますます自分の能力を向上させるチャンスを失い、ますますモテなくなるという負のスパイラルにはまります。人間の場合だと、お断りさせれても一時のショックですみますが、プラズマ生命体にとっては死活問題です。まさに性の格差社会
生存に必要ない因子を社会から排除するうえではこの上ない戦略なんですが、それにしてもどうにかならんのか。主人公のガはそんな咎人であり落伍者なので、このヘタレに感情移入しながら読むとますますそう思えます。
ジェンダーSFとしてはグレッグ・イーガン「ふたりの距離」(「ひとりっ子」収録)もいいです。