天体の回転について / 小林泰三

小林泰三の最新SF短編集。というだけで買う人は買うでしょう。私も買いました。硬派を気取っているつもりはないんですが、この表紙にはきわめて遺憾です。ハヤカワさん、小林泰三の主要な購買層、勘違いしています。マーケティング担当はホントどうかしてますよ。きっとラノベ購買層にもアピールすべき、とか会議でプレゼンしたんでしょう。保守的なSFファンはどうせネームバリューに引かれて買うから問題ないとか力説したんでしょう。口惜しいですがその通りです。ですが、ですがですよ。この通り、不満を持っている購入者もいるのです。その事実を十分に考慮したうえで次回作以降は善処してほしいです。いやマジに。
まあ、別に内容もそれなりによければ言うことはないんですが表題作の「天体の回転について」は正直どうかと思うのですよ。ハートマークがうざいし、稚気を含んだ怒りを「ぷんぷん」などと表現してしまうセンスの古さにもげんなりだし、ぶっちゃけリーナ自体が気に入りません。帯の「萌え」ってこういうことなんですか? はっきり言って小林泰三に萌えは要りません。「ネフィリム」の時も「萌え」が意識されてたらしいですが、あの時も「ΑΩと比べてちょっと……」という感じでした。なんていうか、飲み会の時勝手にからあげにレモン汁かけられた感じです。いや私自身はレモン派なんですが、あれがどうしてもダメっていう人いますよね。私は今、空気読めない行いに深く傷つけられたアンチレモン汁派の気分です。素材はいいのに料理の仕方がこうもダメだとなんとも残念な、もったいないという気持ちになります。
愚痴が多くなって申し訳ない。ぶっちゃけリアルでこの本を評価する時はここまで悪態はつきません。全ては、この怒りが少しでも担当編集者に伝わり、「萌えはネットで不評だったしなあ、次はやめとこう」という英断を引き出すため。ああ、本当にお願いします。口では嫌と言っても身体は……とか思わないでくださいね。これはマジですよマジ。どうかこの通り。いやホント勘弁してください。
では正当に評価しましょう。「海を見る人」と同じぐらい面白いです。ややギャグが強いかなってぐらい。科学考証に四苦八苦する作家を揶揄した「あの日」には大いに笑わせてもらいました。「三○○万」はSFとして考察するバルタン星人という趣で、円谷プロのエイプリルフールネタを楽しめる方ならニヤリとできると思います。*1
傑作は「盗まれた昨日」と「時空争奪」。「盗まれた昨日」はイーガンが書いたホラーともいうべきほど、アイデンティティに潜む恐怖を描いています。「時空争奪」は過去改変をしたら現代がどう変わるのかというありきたりなネタですが、その切り口が斬新で素晴らしい。短編としてもよくまとまっており、小林泰三得意のホラーな演出も光ります。これだけでも買う価値がある。

*1:特に気に入ったのは敵役ダークザギの「悪の作法」という日記