忌憶 / 小林泰三


「博士の愛した数式」……だと……? なにキレイにまとめようとしてんだ! おれが本当の前向性健忘症を見せてやる! という感じの小林泰三のホラーです。前向性健忘症の主人公が語り手のミステリとしても読めます。ごく自然に叙述トリックがあり、オチも元ネタの映画「メメント」よりもさらに一歩踏み込んだもので、変わった話が好きな人にうってつけです。

小林泰三といえばなんだか気色の悪いグロ生物を主人公に触らせて、そのおぞましさで読者を震え上がらせるというホラーをよくやるんですが、こういうアイデンティティをテーマにしたホラーのほうが好きです。センス・オブ・ワンダーの暗黒面(ダークサイド)って感じがたまりません。「盗まれた昨日」(「天体の回転について」収録)もオススメ。
今紹介した「垝憶」以外にも短編が2つ入っていますが、そちらのほうはちょっと微妙ですね。「奇憶」は本筋よりも主人公のダメ人間っぷりに注目です。