順列都市 / グレッグ・イーガン

グレッグ・イーガンの「順列都市」を読んだ。凄い。ただの凄いでは収まりきらない。純粋培養した凄いという概念を正気の沙汰じゃないくらいに濃縮したような「凄い」である。控えめに言って今まで読んだ中では一番面白いSFだったし、
大げさに言うと史上最高のSFとして君臨し続けるであろう作品。



突然ですが、この世には
「人は死ぬ」
という絶対不変のルールがあります。どんなに医療が発展しても、そのうち地球は滅びる。生身の身体を放棄してサイボーグ化したり、自分の意識をコンピュータ内のソフトウェアとして走らせたりしても、無駄です。そのうち宇宙が終わってしまう。だけど、この小説では
「不死」
の可能性を、説得力ある論理で証明しました。地球が滅んでも、宇宙が終わっても、それでも生きていられる究極の「不死」を。人類が夢見て止まなかった、永遠の生命を。
なんか、ここまで聞くといかにも胡散臭いけど、宗教色やメンヘラの戯言のごとき蒙昧さとは無縁です。むしろ無縁すぎて読むのが大変でした。ぶっちゃけ小説の出来自体はあまりよくなく、アイディア一本釣りの奇想小説なんです。思考実験としての面白さが肝なので、ガチ理系のハードSFが好きな人や哲学的思考にふけりたい人にオススメです。
また「不死」のアイディア以外にも、それだけで短編集が1冊出来てしまうような数々のアイディアがちりばめられています。コンピュータ内の仮想現実に人格をコピーする技術、そしてその<コピー>は意識を持っているのかという哲学的ゾンビの問題、たとえ意識を持っていたとしても彼ら<コピー>のアイデンティティはどうなるのか、永遠の生をもつ存在はいかに「自分」は「自分」であると規定するのか、などなど。
わかる人にはこの小説が奇跡的な作品だとわかるはず。いや、わかってほしい(願望)。でも、なんてったって「不死」っすよ!? 生物として心踊らざるを得ない。本当のところホモ・サピエンスからミジンコまで生きとし生けるもの全てに読んでほしい、世紀の名著です。
作中のテーマである「塵理論」は難解すぎるので、解説をつけました。間違っているかもしれないのでコメント・トラックバックばんばん受け付けております。よろしく。