経済成長って何で必要なんだろう? / 飯田泰之

経済学者といわゆる「論壇」の人との対談ということでとても面白かった。格差問題や貧困問題に対して経済学はどう答えるのか、また経済学以外の社会科学・人文科学はどんな問題設定をするのか、という話です。まあ簡単にいうと格差や貧困をなくすには
1.誰かから奪って、別の誰かに与える(所得移転)
2.経済成長(全体の所得の増加)
しかないわけで、経済成長のほうがみんなハッピーでいいんじゃね? という結論になります。「希望は、戦争」でフリーターの立場から正社員の優遇/非正規労働者の排除を批判した赤木智弘年越し派遣村運営者の湯浅誠に、経済学者・飯田泰之の布陣です。

経済政策が争点になるまで

まずおおまかな流れとして、日本ではなんで経済政策論争が少ないんだろう、という話になります。これは歴史的にみると、まず1950年代にイデオロギーの終焉がおきて、政治的な対立軸が西側諸国で消滅しました。もっぱら、経済的自由主義VS社会民主主義という、経済政策が対立軸になり、保守VS革新がくっきりとわかれます。ところが日本では安保・軍事問題が対立軸になりました。高度経済成長の中で経済政策が問題視されなかったのです。15年間で所得が3倍になるという奇跡のような発展をとげている社会では当然かもしれません。さらに55年体制のもとで自民党が経済的自由主義社会民主主義も両立させてしまいます。田中角栄が打ち出した地方への所得移転政策のため、地方と都市の経済格差が縮まりました。しかし、高度経済成長が終わると、自民党の利益誘導政治は叩かれはじめます。国民の政治腐敗への反感が90年代の政治改革を生んだのです。これは基本的に政治の裁量の縮小ということで「小さな政府」か否かが争点になったといえます。ようやく1993年以降になるとバブル崩壊による経済の行き詰まりが問題視され、経済政策が争点になります。年間10%も経済成長することで、いかに社会の痛みが緩和されてきたか、平均経済成長率1%という失われた15年を経てはじめて気がついたのです。

非正規労働者の正規労働者の対立

しかし日本のシステムは基本的に高度経済成長の時期から変わっていません。長期雇用/年功序列/正社員という労働環境と、それをバックアップする社会保障システムはいまだに唯一のスタンダードとして君臨しています。この王道から外れると途端に人生苦しいです。いざ転職しようとしても新卒偏重の企業社会では門前払い、派遣・フリーターの単純労働は職歴としてカウントされず、実際に現場での職業訓練がないので即戦力にはほど遠い。さらに税制面/社会保障面でも不利な扱いを受けます。結果として、正社員の生涯年収は3億円ですが、フリーターのそれは1億円にも満たない。新卒で正社員になるという、たったそれだけのことが2億円もの価値を持っているのです。
この、いったん椅子取りゲームに勝ったら楽だけど、挽回の機会が無いという状況に非正規労働者はぶち切れです。そこで赤木智弘労働市場の流動化をして非正規にもチャンスをくれ、それが無理なら硬直した社会をぶち壊してリセットする戦争だってかまわない! なんてことを言いました。
まあ過激ですし、知識人にあーだこーだと分析される対象の当事者の声ということでインパクト抜群です。ただ、いくらネトウヨがそれなりにいるからといってみんながみんな赤木的なことを思っているわけではないし、もっと建設的に政策を考えた方がいいでしょう。そして意外にも赤木は負の所得税ベーシックインカムといった、経済学者が好きそうな「小さな政府」型福祉に賛同していました。

貧困問題

湯浅誠は「現場の貧困者を救う」ことを最大の目的にした活動家なので、ベーシックインカムに対して否定的です。そんな突飛なこと言われても「いつかベーシックインカム導入するから、今日飯が食えなくてもがまんしてくれ」とはならないと批判します。現場は少しずつ制度を変えていくことの積み重ねなので、戦略的にベーシックインカムをとれない、と言います。これに対して飯田泰之は、もっと生活保護の受給を増やしてベーシックインカムが当たり前だという意識に変えていくべきだと説きます。現状の生活保護の捕捉率は2割程度なので、かなり低いですね。

最後に個人的な感想

経済成長・最低所得保障・物価安定といった社会はたしかに望ましいと思う。僕自身はハイエク「隷従への道」ミルトン・フリードマン「資本主義と自由」を読んで感動するような、自由の価値の信奉者です。だから風通しがいい自由な社会を過大に評価しているきらいもある。それでもほとんどの人は賛成なんじゃないかな。
ただ、ベーシックインカムは労働意欲の減退による生産性の低下・誰もやりたがらない仕事の賃金が上昇してそのコストが価格転嫁してインフレ、みたいな危険性があるし、「働かざるもの食うべからず」的に考えてアウトって人も多いだろう。だからあくまでも、社会という馬が規制緩和・競争促進という荒野を駆け抜けるためのニンジンとして、ベーシックインカムを掲げるのが現実的だと思う。経済成長という肥沃な大地へとたどり着ければ、実際に馬にニンジンを与えることもやぶさかではないが、そもそも日本は今それどころじゃないだろう。財政赤字が膨らんでヤバいのに次期政権を担当する政党は所得移転の話ばっかで規制緩和・経済成長の話は華麗にスルー。あとエネルギー自給率が低いので、ベーシックインカムでインフレになったら資源の確保がきついだろう。というわけでベーシックインカムは「やるやる詐欺」で当面はしのぐべきだ、なんて裏では考えているのではないだろうか。またそうした欺瞞をなんとなく感じとっているからこそ、現場の貧困者重視の湯浅は慎重なのかもしれない。

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   /"''-ニ,‐l   l`__ニ-‐'''""` /ニ二|       指定まではしていない
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    |`ー‐/    `ー――  H<,〉|=|       どうか諸君らも
    |  /    、          l|__ノー|       思い出していただきたい
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    |l 下王l王l王l王lヲ|   | ヾ_,| \     つまり・・・・
.     |    ≡         |   `l   \__   我々がその気になれば
    !、           _,,..-'′ /l     | ~'''  ベーシックインカムの受け渡しは
‐''" ̄| `iー-..,,,_,,,,,....-‐'''"    /  |      |    経済成長後 財政再建後ということも
 -―|  |\          /    |      |   可能だろう・・・・・・・・・・ということ・・・・!
    |   |  \      /      |      |

それでもベーシックインカムは人々を束ねる強力なニンジンになると思う。もちろん、馬が向かう先が「小さな政府」であればこその話だけど。そもそも、多くの政治家がわかりやすい所得再分配の話ばかりするのも、国民のあまりの程度の低さに「この人たちに難しい話はダメだ。わかりやすい餌で釣るしかない」と絶望しているからじゃないか。同じ餌で釣るならベーシックインカムのほうが必然的に「小さな政府」を目指すことになるのでいいと思う。