「アステロイド・ツリーの彼方へ (年刊日本SF傑作選)」読書会の模様

2015年の日本SFのベスト短編集。先日の誰得読書会の課題本にしました。読書会では10点満点で点数をつけて4人で選評したのですが、一番高得点を獲得したのは伴名練「なめらかな世界と、その敵」(平均8.7点)。複数の世界をなめらかに渡り歩くことが日常化した世界を映像的に面白く表現しており、絶賛されていました。
以下は、各短編の僕の採点(10点満点)、そして議論の過程で出てきた主な意見の紹介となります。 

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「君の名は。」が好きすぎる人向けの4作品

よすぎた。
よすぎて魂が完全に浄化された。
具体的にどこがどうよかったか、これ見よがしに分析したいのだけれども、それすらかなわないほど没頭してしまった。仕方がないので、「君の名は。」が好きすぎる人向けの作品を4つ紹介してお茶を濁したい。ネタバレは容赦なくしている。


グレッグ・イーガン「貸金庫」(「祈りの海」収録)

朝起きたら見知らぬ部屋にいて、見知らぬ他人に成り変わっているという設定だと、この短編が面白い。「君の名は。」では幸いにして、東京のイケメン男子にしてくださぁい! という願いの叶った三葉であったが、これが中年のおっさんの身体だったとしたら途端にホラーだったであろう。この短編の主人公の状況はさらにひどく、朝起きて自分が誰の身体に乗り移るかは完全にランダムになっており、その度に必死に周囲の状況を把握し、うまく話を合わせて乗り切る、ということを繰り返している。固有の身体を持たない、この精神は、いったい何なのか。「君の名は。」どころの騒ぎではなく、「俺の名は。」という感じである。
わかる。爽やかな恋愛物を紹介してほしいのに、アイデンティティの話とかぶっちゃけどうでもええねん、とあなたが思っていることは痛いほどわかる。というわけで、「バタフライエフェクト」である。


バタフライ・エフェクト

簡単に言うと、例の酒をかっくらって歴史を改変しようとしたら、初期条件のわずかな違いが最終的に大きな影響を及ぼすというカオス理論に導かれて、岐阜の代わりに東京に隕石が落ちてきてしまい、完全に裏目に出てしまう、という映画。もちろん、そんな悲劇を回避するために何度も何度も例の酒をかっくらうわけですが、その都度、想像もできないような因果に翻弄されるわけですな。マジかよ、これ解あんのかよ、というハードモードなので、その分、収束を迎えたときの爽やかさは尋常ではありません。「君の名は。」のラスト好きにはたまらないはず。


ミッション:8ミニッツ

惨劇を防ぐために、惨劇を起こることを知らない無数の人々を動かす、という設定が面白いなら、この映画ですね。惨劇まで8分間しかないので、余計なことしている暇が一切なく、最短距離で、最善手を打ち続けないといけないと死ぬという緊張感があります。また、途中、ものすごく美しいシーンがあります。




森絵都「カラフル」

他人の身体だったら、どうせ自分の人生じゃないし、好き放題やってみるか、という解放感に関しては、これ。主人公は一時的に、いじめられっ子の中学生男子として生きるはめに陥ってしまい、人生縛りプレイでもしてんのこれ? という感じに戸惑いを覚えつつも、それでもできる範囲で好き勝手したりする話です。周囲の「こいつ、なんか人が変わったようになってんな」という反応が楽しかったりする点は共通してますね。こう書くとあんまり面白くなさそうですが、実はめちゃくちゃ面白いです。

神は現場に宿る――「シン・ゴジラ」がプロジェクトXで泣ける

エヴァ新劇場版Qが消化不良すぎて、こんなん作ってる暇があるんだったら、はよエヴァの次回作作らんかいなどと思っていたら、想定外によかったです。エヴァ新劇場版・破よりも面白いんじゃないかっていうぐらいです。
だって、使徒みたいな怪獣が東京湾に上陸しているのに、手持ちの駒にエヴァはなくて自衛隊しかないわけですよ。圧倒的に絶望。そして怪獣映画的なスリルもありますが、災害ものでもあります。ゴジラは、津波であり地震であり原発であるんですね。まあ、しかもおまけに核兵器でもあるんですが。とにかく、そうした動く災害、歩く絶望をどうやって食い止めるか、被害の拡大をどう防ぐか、知恵を絞り、泊まり込みで働き続ける官僚・政治家たちのドラマとなっています。とにかく会議、根回し、交渉、総理レク。大量の青いドッチファイルを抱えながら走り回る姿に感動します。エンディングで中島みゆきが流れてもなんら不思議ではない。以下、ネタバレでつらつらと書きます。

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衝動・暴力・破壊あたりがテーマで面白かった映画――「ファイトクラブ」・「ドッグヴィル」・「ブラッド・ダイヤモンド」

仕事がつまんなすぎて死んだ魚の目で出張するサラリーマンが、不眠症のセラピーに、なぜか殴り合いのケンカを始める、というよくわからない話。しかし、衝動、とりわけ、破壊衝動、というのがよく表現されてて、すごいなあ、と思います。ケンカという、非合理的な衝動は、どうやってこじつけてもうまく説明できないので、がーっと勢いで誤魔化すしかないわけなんですが、その、がーっ、という部分が、ブラッド・ピットのカッコよさもあって、すごい巧みに、立ち上がってくるんですよね。ある種のフーダニット的謎解き要素もあるので、エンタメとしても面白いです。


で、こっちの破壊は、狭いムラ社会に訪れた旅人が最初は歓待されながらも、なぜか、いろいろ(性的にも)虐待され、最後にはすべてを吹き飛ばす暴力が、醜悪なムラ社会を白日の下にさらす、という話。ムラ社会のいやらしいところがいかんなく発揮されていて、すごいです。人間不信になります。あと、演劇的な表現なんですが、驚くほど、のめり込みます。まるで、そこに、リアルなムラがあるかのように、思わされました。



どんどん胸糞悪くなるんですが、これは内戦下のシエラレオネの虐殺を事実に基づいて描いた話。さらわれた息子がドラッグ漬けの少年兵になるあたり救いがなさすぎます。もうやめて!市民社会のライフはゼロよ!という感じで、ここまで秩序が崩壊していると、暴力もスカッとするというよりも、ただただ恐ろしい、という感じになります。あと宝石産業の血塗られっぷりも理解できて勉強になったりします。

セクシュアル・マイノリティの視点でみる「他人の嗜好に土足で踏み込むマジョリティの無神経さ」 ――「わたしはロランス」

セクシュアル・マイノリティを描いた映画。マイノリティであることを変に持ち上げたり、ヒロイックな気分に浸るための手段として利用したりせず、ただただ淡々と、息苦しいシーンが続く。印象に残ったシーンは3つある。
1つは、肉体的に男性の主人公が、自分のジェンダーは女性だとカミングアウトし、大学教師としてクラスに登壇するシーン。昨日までは長身イケメンの教師がいきなり化粧して女装してくるわけではある。クラスの空気は真冬の釧路湿原みたいに凍る。このときの、居た堪れなさはすごい。
2つ目は、主人公が教授会から圧力をかけられて辞職せざるを得なくなった日に、やさぐれながらバーに入って酒をあおろうとしていた時に、見ず知らずの男が興味本位で声をかけてきた時、主人公がぶちぎれるシーン。この個人の趣味の問題に、他人が土足でずかずか足を踏み入れてきた感じが、半端ではなく、ついかっとなって殴った主人公の気持ちが大変よくわかる。たしかに、殴りたくなるほどうざい。特に悪気があるわけではないマジョリティの、異質なものに対する「それってちょっと変じゃないですか」というツッコミが、いかに無神経で、腹立たしく、そして寛容さに欠けるものであるかを鮮烈に描いている。
3つ目は、主人公が元恋人(女性)と何年かぶりに出会って、よりを戻すのかと思いきや、なんか会話が上滑りして、以前みたいな親密な感じでなく、結局ほとんど会話を交わすことなく立ち去ってしまうシーン。かなり不思議なシーンで、状況だけみると、とても悲しい出来事ではあるのだけど、なぜか解放感のあるような演出になっている。自分のジェンダーをカミングアウトした結果、職を失い、恋人(ヘテロ)にもふられ、息詰まる思いを抱えながら放浪した主人公が、恋人を失うことが決定的になったシーンなのである。もうこれで失うものは何もない(あとの人生にはアップサイドしか残っていない)という、開き直りなのだろうか。よくわからない。

「伊藤計劃トリビュート」読書会の模様

国産SF界の期待の新星・伊藤計劃が若くして亡くなった後に刊行されたトリビュート短編集。
追悼のような辛気臭い短編は一つもなく、伊藤計劃が残した「テクノロジーによって変容する人間と社会」という問題意識を共有したうえで、伊藤計劃なんて超えてやるぜ的な野心にあふれた傑作ぞろいです。以下は、各短編の僕の採点(10点満点)、参加者の平均点、そして議論の過程で出てきた主な意見の紹介となります。なお、最高得点は平均8.2点を獲得した長谷敏司「怠惰の大罪」。これでもまだ長編の序盤だというから恐ろしい。早く完成版が読みたい。

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盤上の夜 / 宮内悠介

囲碁、将棋、麻雀といったゲームを題材にした短編集。将棋とチェスの原型になった古代インドのチャトランガを題材にした「像を飛ばした王子」が好きです。どの作品もアイデアは奇抜だし、読みやすくていいんですが、ときおりパッションあふれる感じになるところが「ほーん」という読後感で、なんかイマイチ波に乗れなかったです。