「伊藤計劃トリビュート」読書会の模様

国産SF界の期待の新星・伊藤計劃が若くして亡くなった後に刊行されたトリビュート短編集。
追悼のような辛気臭い短編は一つもなく、伊藤計劃が残した「テクノロジーによって変容する人間と社会」という問題意識を共有したうえで、伊藤計劃なんて超えてやるぜ的な野心にあふれた傑作ぞろいです。以下は、各短編の僕の採点(10点満点)、参加者の平均点、そして議論の過程で出てきた主な意見の紹介となります。なお、最高得点は平均8.2点を獲得した長谷敏司「怠惰の大罪」。これでもまだ長編の序盤だというから恐ろしい。早く完成版が読みたい。

藤井太洋「公正的戦闘規範」 daen6点 / 平均4.8点

  • テロリストをドローンで追いつめて殺すゲームをやっていたら、実際に本物のドローンが動いていた、というのは、AIのパターン認識能力向上に人間が思わぬ形で活用されてしまっていて皮肉がきいている。
  • 分散処理される殺意というネタ自体は新しくない。新しいのは、ドローンによる戦場の無差別化(一般市民の生活圏への戦場の拡大)を、従来通りの戦場に閉じ込めるそのぶっ飛びアイディア。
  • ゲームと現実の戦争のリンクは、「エンダーのゲーム」でもうやった。先進国側からの戦闘規範構築についても、テロリスト側がルールに乗ってこないのでは? 先進国の引いた戦場の境界を侵犯して、戦場にいないはずの市民を戦場に引きずり出すのがテロの目的なのだから。
  • ドローンを戦場に置くことは、人間がまだ解決していない倫理的難題を機械に押し付けている。
  • コマンダー的な、絵面優先の作品。欲を言えば、5000体のドローンを従えたコマンダー同士のバトル物が見たかった。
  • そもそも電磁障害でドローンを駆除できるのなら、ドローンが兵器の主流になることはないのでは? 

伏見完「仮想の在処」 daen4点 / 平均4.2点

  • 感傷的過ぎる。
  • 生まれることのなかった双子の姉の人格を、コンピュータ上に計算するコストが高くて家族が疲弊している点はSFとしていいんじゃない?
  • ドラマ重視なので設定粗いのは別にいいのでは。フォントのポップさも評価。
  • 登場人物のキャラが弱い。

柴田勝家南十字星」 daen4点 / 平均3.8点

  • 小説としては、デビュー作「ニルヤの島」より大分読みやすい。文化人類学SFとしてもっととがったものがみたかった。
  • この短編を序章として組み込み、完成させた長編はけっこう面白い(ちゃんと民俗学的)。これ単体では意味不明なのは仕方ない。ガジェットとして出てくる自己相はなんなのかはよくわからない。
  • トリビュート感が強いが、もっと寄せても良かった。例えば、完全に「ハーモニー」後の世界を書いたらどうか。自由意志を奪い、社会と強制的に調和させる脳内インプラントを入れていない原住民の女の子視点で、ハーモニー後の調和済の人類を描き、ドン引きする話とか面白いのでは。

吉上亮「未明の晩饗」 daen7点 / 平均7.6点

  • 料理は、人間の動物的なところが出る題材。テクノロジーが人間を変容させるならば、滅茶苦茶に趣向を凝らした料理だって、人間の在り方を変えうる。見た目にはやさしくなっていく世界の中で、非人間的に人間を誘導する技術が発達するという問題意識が、地に足の着いた料理という題材で炸裂している。キャラの造形が好み。
  • デビュー作のパンツァーなんとかはぶっちゃけアレだったが、「サイコパス」のノベライズを書いて上手くなった。この作品ではオリジナリティもある。ちなみに、料理SFときたら、衣装SFのベイリー「カエアンの聖衣」もある。
  • ハーモニーに対する反発。明確なアンサーであり、批判がある。
  • 生活感があってよい。

仁木稔「にんげんのくに」 daen8点 / 平均4.8点

  • 人間の定義が、現代の僕たちと異なるある集落での話。ある一定の年齢に達するまでは“人間”ではない、ほかの部族にいる者は“人間”ではない、といった“人間”の恣意的な運用には、はっとさせられる。極端な暴力の背景には、あいつらは、僕たちと同じ“人間”じゃないから、物や何かと一緒だから、という言い訳があるという仮説。
  • 民俗学的なところでやってくのかと思いきや、ナウシカ的な世界観なのね。暴力描写が多くてげんなり。
  • SFというか、未開の部族体験記。
  • アイディア勝負にしては長い。固有名詞がないので、読むのがつらい。書き方が好きじゃない。

王城夕紀「ノット・ワンダフル・ワールズ」 daen5点 / 平均5.0点

  • 幸福な社会とは、自由な選択が可能な社会。ただし、環境は有限だから自由に制限がある。なので、環境そのものを拡張していけばいい。ひたすら高みを目指す(進化する)という軸で、「ハーモニー」(最高に幸福なユートピア)に真っ向からアンサー。「意識を手放すなんて、退化じゃん」。ストーリーも、どんでん返しもあってよい。
  • そもそもなぜ人類が進化しなければならないのかわからない。「ハーモニー」が退化だからダメっていうのは説得力無い。退化しようがなんだろうが、目の前のストレスから逃れられて、環境に適応(社会と調和)できたらいいんじゃない? という主張へのアンサーとしては弱いか。
  • Amazonのオススメに誘導される現代では、システムによる人間の管理自体は新しくない。説明しすぎ。
  • ブリーチを彷彿とさせるオサレ感満載のポエム。
  • ちょっと待ってみんな! ラストでAIが律儀に定時退社している(16:59[inactivate])

伴名練「フランケンシュタイン三原則、あるいは屍者の簒奪」 daen8点 / 平均8.0点

  • トリビュートというより、もはや、伊藤計劃好きすぎてガチ勢。
  • ぶっちゃけ「屍者の帝国」は微妙だった。この作者、俺に「屍者の帝国」を書かせた方が面白かったんじゃね? ぐらいの勢いで書いている。
  • バイオテクノロジーのグロテスクさを、架空の歴史を舞台にすることで、実験的に見せてくれる。完全に趣味ど真ん中。
  • 人が死んだときに減る体重=魂の重さ(4分の3オンス)ネタを、そもそも子供にしか魂がないので大人のサンプルが死んでも体重は減らない、とひっくり返すのが素晴らしい。
  • 大人は魂ないって、まあ、たしかに就活したり社畜したりして死にてーって鬱屈するその瞬間は魂ないかも。子供のころのキラキラ感は皆無。
  • 最後のナイチンゲールの一言「生者の世界へ!」という一言は、実はとんでもない裏があるのでは? あとがきで伊藤計劃は作中に明確な嘘を仕込んだと書いているので、そのトリビュートである本作でも疑ってかかる必要がある。作中世界観では、大人は魂がない=死者であり、子供もいずれ魂を失う存在=ほぼ死者、であるとすると、ナイチンゲールは、最初から魂を持つ完全な存在を一から造ろうとしているのでは? 「生者の世界へ!」の生者は一般的な意味で生きている人ではなく、魂を持つよう調整されたリニューアル人造人間を指す、つまりナイチンゲールは「生者(=魂を持つ人造人間)の世界」を創ろうとしているのでは? で、それって完全に人間視点では「屍者の帝国」なんですね。

長谷敏司「怠惰の大罪」 daen10点 / 平均8.2点

  • 最高。AIというテクノロジーがいかに社会を変えるかというテーマが、麻密売人がギャングの世界で生き残りをかけて策謀をめぐらすという緊張感のあるストーリーの、ごくごくさりげない背景として織り込まれており、大変スマート。
  • 不幸を押し付けられた第三世界側からの反逆の物語。一方、20世紀でも成り立つ話(近未来の技術でないと成しえない話ではない)。SFとしての新しさに欠けるか。暴力描写きっつい。
  • 戦場から新しいテクノロジーが導入される、というが、麻薬ギャングの世界もまさにそれ。現実にも、メキシコからドローンが国境を越えてアメリカに麻薬を運んでいる。
  • 村上龍っぽさもあるが、ちゃんとエンタメしてた。
  • 怠惰というテーマがややわかりづらい。麻薬密売人として怠惰な(楽な)生活を送りたいというのが、カルロスの動機ではあると思うが、怠惰どころか頑張りすぎである。