楽園の知恵 -あるいはヒステリーの歴史 / 牧野修

牧野修の短編集。相当面白い。面白いんだけど決して人にオススメできないような小説です。人に気軽にオススメできるような面白さをせせら笑うことで成立する面白さ。ブラックユーモアという表現が一番近いんですが、笑いだけではなく、感動があります。その感動は胸のすくような清々しさとは無縁の、深海魚のグロテスクな姿を見たときのような、なんじゃこりゃあ、という感動なのです。悪夢のようなエグさ、そして現実離れした神秘が放つ美しさ、それでも拭えない気持ち悪さ、それが全て綯い交ぜとなった戦慄なのです。小林泰三が近いかもしれませんが、SF色が薄く、より幻想的です。狂った世界に一般人が迷い込むというより主人公も含めて世界全部が狂ってます。

「夜明け、彼は妄想より来る」「召されし街」

暗黒面に堕ちた村上春樹が書いたホラーといった感じ。

インキュバス言語」「踊るバビロン」

インキュバス言語」は筒井康隆虚人たち」、「踊るバビロン」は筒井康隆「メタモルフォセス群島」の影響が散見されます。*1インキュバス言語」は言葉により世界を再構築する話。性的な妄想にまみれた言語なので、構築される世界もそれに準じたものになります。「踊るバビロン」は馬鹿らしい不思議ワールドを堪能する話。ラストで爆笑しました。

バロック あるいはシアワセの国」

貴志祐介「天使の囀り」っぽい。

「或る芸人の記録」

肝心の部分が笑えませんでしたが、設定は面白い。

「逃げゆく物語の話」

この短編集の中で唯一きれいな作品。Bjork「All is Full of Love」みたいなもの悲しさがあります。このラストは正解だった。ホラー尽くしの中ですっごくさわやかな存在だ。

「付記・ロマンス法について」

正統な社会派SFですね。いつのまにか自分が社会の少数派になり、多数派に弾圧される恐怖というのは現実的で笑えません。作中では有害なテキストを取り締まる法律が大した反対もなく可決され、何が有害なのか基準が曖昧なまま施行されてしまいます。実際今も「青少年ネット規制法」成立という状態ですから、他人事ではありません。臭いものに蓋という安易な風潮が、いざ自分がその臭いもののレッテルを貼られたときどんなに恐ろしいか伝わってきます。

*1:虚人たち」には発言中の全ての単語がエロ単語に置換され、具体的に何を言っているのかさっぱり分からない男がでてきます。