法律は買収できる――クリスチアン・シャヴァニュー, ロナン・パラン「タックスヘイブン」

金融と経済のグローバル化を語る上で欠かせないのがタックスヘイヴンとオフショア取引(国外取引)である。現在7兆ドルもの資産がタックスへイヴン45カ国に存在していると言われている。また現在では国際金融の少なくとも半分がタックスヘイヴンを通しており、グローバル経済の影の主役といっても過言ではないだろう。
タックスヘイヴンは、租税回避地とも訳される。金融資産の譲渡益や利子・配当所得に課税されず、相続税贈与税がなく、国外(域外)で得た所得に対して所得税法人税が課されないなど、富裕な個人や企業・機関投資家に多大の便宜を提供している国や地域である。OECDIMFなどの団体ごとで定義が異なり「ある国をタックスヘイヴンとして認定するための、明確で客観的な、いかなる指標も存在しない」とする見解すらある。

1.タックスヘイヴンの有害性

タックスヘイヴンの存在は周辺国にキャピタルフライト(資産逃避)と税収減をもたらす。例えば、フランスはスイスに対して70年前から大々的に批判を行っている。さらにタックスへイヴン間でもより税金の安い地域へキャピタルフライトがおこる。例えば、アメリカでは700億ドルがカリブ海タックスヘイヴンに流出している。またマネーロンダリングの温床との批判もある。

2.国際金融上のタックスヘイヴンの貢献

2.1.法律の真空地帯

国際的な経済取引のためには国内法と国内法同士をすり合わせなければならず、単一の国家内で行われる国内取引よりもトラブルがおきやすい。そのため、
(1) 複数の国家に適用される国際的な公法を準備する
(2) 二国間貿易協定を結ぶ
(3) 私企業に互いの処理を任せる
といった解決策が進展した。しかしグローバル化する経済と国家主権という2つの対立を調和させるのはなお困難であった。そこで
(4) どの国内法も適用されないオフショア経済が生まれる
これは国内法と、財や資本の国際的交換とが互いに対立関係を持つとしたら、法の拘束力が弱い場所(法の回避地)を作り出して利益を保護することを認めようというものだ。

2.2.取引コストの安さ

また経済的主体にとっては取引コストがかからない(規制や税金がない)ということはそれだけで魅力がある。

3.タックスヘイヴンの支持者

3.1.個人資産家

タックスヘイヴンは収入や投資に対する課税を削減するだけでなく、相続税や扶養手当も削減する。タックスヘイヴン個人投資家に指示されている理由としては後者の理由が大きい。タックスヘイヴンの居住者になれば、もともと住んでいた国の租税法に従う必要はなくなるので、相続するときや積み立てていた資産を売却するときなどにタックスヘイヴンに移住するというスキームが一般的である。
また近年こうしたタックスヘイヴンを人工的に作り出そうという試みもある。フリーダム・シップ・インターナショナルという会社が2005年に「動く海洋台地」という計画を発案した。この計画によると「動く海洋台地」は2年周期で世界中(ただし国際海域のみ)を移動し、そこに1万8000人を受けいれるという。

3.2.多国籍企業

多国籍企業タックスヘイヴンを使う理由は様々である。税金対策、規制逃れ、多額の負債を隠して健全な経営に見せかけたりするなどである。
多国籍企業タックスヘイヴンを使うことができるのは、企業への課税が所在地に行われるからである。そもそも課税方法には利潤の生み出される場所への課税と、企業の所在への課税の2種類ある。利潤の産出地に課税するのならば、国家は自らの地域に存在する企業の利潤に対して、それが国内の企業であろうと外国の企業であろうと、課税することになる。一方、所在地に課税するのならば、企業は企業が登記されている地域の決まりに応じて、課税することになる。ところが、多国籍企業の利潤はどの地域に帰すべきものか判定が困難なために、結局、所在地の原理が多国籍企業への課税の規範になったのだ。
企業が利潤を生み出している場所が世界中のどこであろうとも、登記上の所在地に課税するということは、企業をタックスヘイヴンに登記するだけで課税を免れるということである。企業が多国籍化するメリットはその販路の拡大といった実務上のものだけでなく、こうした税務上の戦略もあるのだ。

3.3.金融機関

銀行だけでなく、保険会社、投資ファンドタックスヘイヴンを利用している。タックスヘイヴンは規制が緩いだけではなく、こうした金融機関の意向で法律そのものが簡単に変えられてしまうという現状がある。弁護士が法律に大きな影響力をもっていて、自分が望んだことを一週間以内に実現することができるという、先進国では考えられないようなことが起きている。これだけ金融機関の力が大きいのは、タックスヘイヴンが領土も人口も資源もなく完全に金融業に依存した構造になっているからだろう。
通常の国家でも、福祉政策を通した票の買収が行われているが、タックスヘイヴンにおける法律の買収はより迅速で、直接的なようだ。

3.4.国際会計事務所

法律と税制のエキスパートは、金融機関と同じくらいタックスヘイヴンを利用して儲けている。彼らのたてる租税回避の戦略は、タックスヘイヴンの利用者が増えるにつれて大きな発展を遂げた。

3.5.マフィア・テロ組織

マフィアやテロ組織もタックスヘイヴンを利用している。彼らはタックスヘイヴン守秘義務の強さを最大限に生かし、犯罪で得た資金をマネーロンダリングしている。彼らの摘発は容易ではなく、またアル・カイダのように既存のタックスヘイヴンに依存しない金融ネットワークをもつテロ組織もある。

3.6.先進工業国

CIAなどの情報機関や、政府、中央銀行タックスヘイヴンを利用している。一般に知られると不都合な国防・安全保障に関わる取引に、タックスヘイヴンの秘密主義はうってつけだからである。

3.7.タックスヘイヴン自身

タックスヘイヴンは政策として行われるものであり、タックスヘイヴンにも当然メリットがある。しかし、タックスヘイヴンから一番利益を受けているのがタックスヘイヴンにもともと住んでいる居住者かというそうでもない。むしろ個人資産家、金融機関、国際会計事務所にとってのメリットのほうが大きいだろう。