ホラーの源泉

昔は「角川ホラー文庫」が大好きで、手当たりしだい読み漁ったものです。しかし今はどうにもホラーに食傷気味です。そもそも面白いホラーの条件は何か、ホラーの源泉を考察します。「物語」を素直に楽しめなくなった、実に大人気ない人間による分析なので、その辺ご了承ください。


  • 「本当にあった怖い話」系

体験談という形式がすでに陳腐です。これは本当の話なんですというアピールで、その恐怖が対岸の火事ではなく、読者の日常と地続きであると信じ込ませたいのでしょう。でも所詮他人の主観ですから、その人の妄想だったり気のせいだったりするわけで、真面目に取り扱う気になれません。あと出来すぎた話が多くて白けます。私見ですが、恐怖の原因が最後に解明される場合が多いと思います。例えば、「あの幽霊は10年前に死んだ子どもの……」「事故が起こる場所は実は墓地を埋め立てしたとこで……」など。飽き飽きです。

  • 「都市伝説」系

「本当にあった怖い話」系と似たようなものです。小学生ならいざ知らず、いまどき呪いの○○とかアホらしくてやってられません。鈴木光司「リング」さえ読めばもういいでしょう。

  • 「パニック小説」系

キチガイや怪物や病気が原因で事件が起こり、迫り来る恐怖に対処したり対処できずに死んだりするジャンルです。これも読み手が自在にペースを決める小説では、映画のようなスピード感や「いきなりかよ!」と驚くスリルを表現できないでしょう。というか純粋に「ホラー」で売っている作品よりも、SF・ミステリ・サスペンス・ハードボイルドなど、色んなジャンルを横断している総合的なエンタメをとりあえず「ホラー」と呼んでいるケースが多い気がします。瀬名秀明「パラサイト・イヴ」とかもそうです。わりと何でもありなジャンルなので、愚作も傑作もたくさんあります。

  • 「視覚に訴える」系

「怖い」というより「気持ち悪い」「グロい」系です。この手の映像はトラウマになるので苦手ですが、文章ならまだ大丈夫。と油断してたら筒井康隆「宇宙衛生博覧会」で見事トラウマ。思い出しただけでもぞわぞわします。小林泰三もグロ描写が得意ですね。著者インタビュー:小林泰三先生から引用します。

「ホラーは文体だ」というのは全く同じ状況であっても、それをどんな文体で書くかによって、ホラーになるかどうかが決まるということなのです。たとえば、
木の陰から、突然蜥蜴のような怪物が現れた。
という状況をホラーの文体で書くと、
じめじめと朽ちかけた木の陰から、突然生臭い塊が現れた。全身を覆った鱗の一部は剥がれ落ち、そこから赤黒い膿が噴出している。口を開くと、変形した巨大な牙の間から、口内の腐肉に寄生している蛆虫が溢れ出す。その声は断末魔の人間の声のように聞こえた。……

  • 「雰囲気」系

まあ、感性の話になるんですけど、なんとなく雰囲気が怖いというのがあります。ストーリーも怖くないし、描写もそんなにきつくないのに、いつのまにか引き込まれている。同じ文字列なのにこうも違うのか、と驚きます。行間に不可視の情報がつまっているんじゃないかってぐらい。やっぱ言葉のセンスかなあ。小林泰三「兆」(「ゆがんだ闇」収録)とか、数年前に読んだきり、どんな話かもよく覚えてませんが、なんだかひどく怖かった気がします。
まとめると「ホラーなら小林泰三が好き」。ここまで書いといてこんな結論とは……。