はるかな響き Ein leiser Tone / 飛浩隆

さてこの短編、音楽小説であり意識SFであり、クラーク「2001年宇宙の旅」のパロディです。面白い。やっぱりこの人はスゴイですよ。以下ネタバレ。



意識ってなんだよ、という熱いテーマを分かりやすいメタファーでさくっと説明しています。
意識の謎を解いてみました - 分裂勘違い君劇場 by ふろむだ
上の記事もなかなか分かりやすいですが、やはり説明の簡潔さはフィクションならでは。なんといっても、意識を獲得することで失うモノというアイディアが素晴らしい。〈あの響き〉という自意識が存在しない状態でのみ聴くことの出来る生命のリズム。涅槃とか無我の境地とかいう宗教体験と似ていますが、厳密にいうと多分違うのでしょう。それらは脳内の化学情報によって生まれる状態なので、自意識があっても到達できます。〈あの響き〉は完全に自意識の無い状態でのみ可能な、世界との一体感なのです。〈あの響き〉は究極の音楽であり、時代や文明を超越した絶対芸術なんでしょう。
〈あの響き〉を集めるためだけに、いくつもの文明を食いつぶす集団と、彼らに宣戦布告した存在がでてきます。それは〈あの響き〉を至高の価値だと崇めるものと、子を想う母の気持ちの対立です。自分の子どもを愛する心っていうのはやっぱり生命界最強なんだろうか。生命がもつ〈あの響き〉への憧憬と、種が生き残るために獲得した子どもへの愛、はたしてどちらが強いのか。こういった話は大好きです。

題材不新鮮 SF作家 飛浩隆のweb録
著者のHPでちょっとした裏話も聞けます。