M&A国富論―「良い会社買収」とはどういうことか / 岩井克人・佐藤孝弘

敵対的買収が流行ったときに「会社は誰のものか」という議論が盛り上がりました。会社法によれば、会社は株主に所有されているので、それが「良い会社買収」か「悪い会社買収」かは株主が決めればいい、ということになります。経営陣がいくら反対して、敵対的買収はけしからんと言っても、そんなのどうでもいいわけです。
一方で、会社はステークホルダーのもの、という考えもあります。株主以外にも従業員・債権者・取引先といったいろんな利害関係者が絡んでいるので、この利害関係者がおおむね納得するのが「良い会社買収」だろう、というわけです。しかし、従業員に甘い非効率な経営をして企業価値が下がり、株価も低迷している会社が買収のターゲットになるわけで、従業員にやさしい買収が良い買収になるかは微妙なところです。
とはいえ従業員を切り捨ててコストを削減し、短期的な企業価値を上げるような買収も、経済全体から見たら非効率です。従業員はその会社で長期間働くことを前提に、その会社でしか役に立たないスキル(企業特殊的人的資本)を磨いてきているのです。当然、従業員は見返りを期待しているわけで、その期待を事後的に破ることを許してしまうと、従業員のほうが企業特殊的人的投資をしてくれなくなってしまいます。(この辺りの話は池尾和人「現代の金融入門」がわかりやすいです。)
そこで本書では、良い会社買収とは、長期的に会社の経営を改善し、企業価値を向上させるもの、と定義しています。会社を解体して利ざやをかせぐような買収ではなく、買収側が新経営陣を用意し、既存の株主に納得してもらうような買収こそが望ましい、というわけです。これには僕も賛成です。
また本書では、そうした良い会社買収を行うインセンティブを与えるための制度設計案も具体的に書かれており、政策論として素晴らしいと思います。会社法・金商法の勉強にもなるので法学部生にもオススメです。