CIA秘録 / ティム・ワイナー

噂、伝聞一切なし、すべて一次資料のみからCIAの実態を明らかにした傑作。1947年に発足したCIAの使命は「何よりもまず、第二のパールハーバーのような奇襲攻撃を事前に大統領に報告すること」だった。*1  つまり政策立案のために外国の情報を集め、理解する諜報機関として作られた。しかし諜報機関としてのCIAほどお粗末な組織はなく、ソ連にただの一人のスパイも送り込むことはできなかった。ソ連内の自発的な協力者だけがたよりだったが、彼らは全員殺されるか捕まるかした。さらにソ連諜報機関KGBからの二重スパイによって情報が筒抜けであることも多かった。現地語を話せるスタッフの不足もあり(これは今も解決していない)、諜報で成果を挙げられないCIAは膨大な予算を浪費して秘密工作に走ることになる。

陰謀をたくらむのは面白い――成功すれば自己満足が得られたし、ときには勝算を集めることもあった――“失敗”してもとがめられることはなかった――そして、こうした仕事は、通常のCIAのやり方でソ連の秘密情報を収集するよりはるかに簡単だった。*2

「陰謀」の成果

CIAが成功させた政権転覆はわずか二つだけであり、イランのモサデク政権転覆とグアテマラのアルデンス政権の転覆である。「解禁されたこれらのクーデターに関する資料を見ると、成功の理由は秘密や狡猾さによるものではなく、買収と強要、それにむき出しの武力がものを言ったことが分かる。」*3  またCIAが間接的にクーデターに関わった例としてはコンゴのモブツ独裁政権やチリのピノチェト独裁政権があるが、これも工作活動ではなく資金援助が大きかった。後者についてここでは述べよう。
チリのアジェンデ政権は民主的に選ばれた左派政権だが、反共産主義のためだけにアメリカはこの政権をつぶそうとした。実際に1964年の選挙では親米的な大統領候補に300万ドルと政治コンサルタントをつけ、選挙に勝利させアジェンデの政権獲得を阻止することはできた。しかし、1970年の選挙では実際にアジェンデが勝ってしまった。
よって政治的な圧力だけでなく軍事クーデターを画策することになるが、チリの軍部は民主主義的であり軍事クーデターをけしかけるのは難しかった。ニクソンはアジェンデの政権獲得を阻止できなかったことに激怒し、キッシンジャーの発案のもと、1000万ドルが投入され、チリの過激派を支持する政策がとられた。
この資金はチリ国内の政治経済を混乱させるために使われ、結果1973年のクーデターによりピノチェト将軍の軍事独裁政権が発足した。ピノチェトの統治下では3200人以上が殺されることになるが、その殺人と拷問に関わったチリ諜報機関を指揮していたマヌエル・コントレラス大佐はCIAのスパイでもあった。コントレラスはチリ法廷で有罪犯罪を受けたが、実はキッシンジャーもクーデターの着手に関与したとしてチリ・アルゼンチン・スペイン・フランスの裁判所から追及を受けている。*4  

CIAから岸信介への資金援助

また工作員を政界に送り込んだり、資金援助することについては日本の例がある。首相の岸信介はCIAから援助を受けていた。岸は戦後、A級戦犯容疑者として収監されていたが、アメリカの駐日大使ジョセフ・グル―(CIA工作員)とのつながりがあったためか釈放される。後に岸は日本の外交政策アメリカの望むものに変えていくことを約束し、見返りに資金援助を要求する。岸だけでなく自民党の主要議員にも引き続き財政的援助がなされた。*5

説明責任のない秘密工作が外交を劣化させる

冷戦期のアメリカは反共産主義の防波堤をつくることに躍起になっていた。少しでも共産主義の波が広がるとドミノのように反共産主義政権が次々と倒れてしまうものと思い込んでいた。しかし、戦闘機や銃による戦闘では費用がかかりすぎるとふんだアイゼンハワー核兵器と秘密工作の2つに期待した。この秘密工作については成功よりも失敗のほうが圧倒的に多かった。しかし当時のCIA長官アレン・ダレスはその失敗を隠し通すことに腐心した。

CIAと自分自身の名声を守らねばならなかった。秘密工作の失敗を隠し通すために、すべてを否定し、何も非を認めず、真実を明かさなかったのである。(中略)アイゼンハワー大統領は任期切れ間近になって、自分の下にスパイ機関の名に値する組織がなかったことを理解した。*6


CIAはその秘密主義のために誰が何をしているのか誰も知らないような組織だった。そして多くの秘密工作は慎重な計画というよりもその日その日の行き当たりばったりでなされ、多大な犠牲が生じた。しかしそうした失敗を評価する基準もシステムもなかったため、失敗は繰り返された。その失敗は官僚的保身のために公表されることはなかった。そして本来の任務である諜報がおろそかになり、「イラク大量破壊兵器がある」と信憑性の薄い証拠から断定するという大失敗を犯したのだ。

*1:下巻381p

*2:上巻201p

*3:上巻121p

*4:下巻90p

*5:上巻178p

*6:上巻244p