生物多様性を守る最大の根拠――マーク・プロトキン「メディシン・クエスト」

生物多様性が大事だという人は、大体にして根拠が弱い。自然は無条件にあるがままであるべきだという信念や、そんなこというてもホッキョグマかわいいやん守ってあげたいやん……という人情では、開発がもたらす経済的利益を覆す根拠足りえない。本書が主張するのは、生物が持つ化学物質は薬になり、ひいては人命を救うことになる、というもっと説得力のある話だ。それも、イモガイヒルといった、一見してただの害虫みたいな存在にこそ、医学的価値があるという。なぜなら、それらの生物は捕食するときや外敵から身を守るときに、相手を麻痺させたり、血液の凝固作用を阻害する化学物質を使っており、これが鎮痛、麻酔、血栓への対処なんかに役立つのである。実際、生物を研究することで新しく発見された化学物質は山のようにあり、それらの一部は製薬会社に莫大な売上をもたらしている。
なお、著者の仕事は、南米などの原住民のシャーマンに民間療法で使う植物・昆虫などを教えてもらって、薬の種を探すというもので、職業としてすごい面白そう。なにせ、それは文化人類学的なフィールドワークであり、同時に、新薬につながる化学物質の探索でもあるのだ。このあたりのエピソードは非常に面白かった。
未開の部族に統計学という知恵はないのだが、それでも、何千年も試行錯誤の末にたどり着いた療法は、ある意味、ものすごい長期間の治験を通して生き残った結果でもある。毒草か薬草か、薬草だとしてどういう症状に有効なのか、その場合どういう加工を施して投与すればいいのか、こういった事実が、無数の失敗例の果てに蓄積されてきたのだろう。まさに人類が体をはって発見してきた英知である。