自壊する帝国 / 佐藤優

佐藤優の本は「国家の罠」と本書ぐらい読んでおけばよい(あとは総じて駄作である)、という説があるが、ともかく、本書は外交官の仕事に興味があれば読んで損はないと言える内容だった。ノンキャリアの外交官が、どのようにのし上がっていくかという視点で読むと非常に面白く、ソ連崩壊時の臨場感ある政局話として読んでもなかなか興味深い。
佐藤優の学歴を紹介すると、私大の神学部の院卒、という、まともなキャリアパスを描けるのか大分不安になるものだった。正直就職する気あんの? というレベルである。佐藤としても、当初はチェコプロテスタンティズムを専門とする研究者になりたかったようで、語学の修行をするために東欧で働く外交官になろうとしていたようだ。しかし、外交官になったはいいものの、ソ連に配属になってしまう。ふてくされかねない環境だ。だが、キリスト教神学に詳しいという謎のスキルが思わぬ形で活きてくる。
当時のソ連は、マルクス主義なので、当然宗教とか蔑視の対象となっている。宗教学部も、科学的無神論学部というわけのわからない名前となっており、宗教を無神論の立場から科学的に批判する、というスタイルを貫いている。宗教の知識なんか役立ちそうにない。しかし、ソ連も80年代後半には、ペレストロイカという名称でテコ入れしなければいけないほど、ぐだぐだになってきている。社会主義がなぜ行き詰まってしまったかについては、その非効率性を分析したいい本がいっぱいあるので、ここでは置いておく(ハイエク「隷従への道」は、極端ながらも非常に面白い)が、ぐだぐだになったソ連体制を延命させる道具として、再び宗教の力を認めよう、という動きが出てきたのだ。
しかし、今まで宗教を放逐してきた手前、それに関する知識がロシアの政治エリートの中にはなく、佐藤が日本で培ったキリスト教神学の知識が、きわめて価値のあるものとして映ったのである。自身がクリスチャンであるということもよかったのか、佐藤は三等書記官なのに、ものすごい人脈を築き上げていき、リトアニアの独立の際に、その人脈によって思わぬ貢献をすることになる。このあたりが、大変面白い。意図的ではないものの、大穴狙いのキャリアパスが見事に当たっている感が痛快ですね。