嘘つきアーニャの真っ赤な真実 / 米原万里

社会主義国家といえばどんなイメージをあなたは持つだろうか。オーウェル「1984年」だったり、ハイエク「隷従への道」だったりするかもしれないが、どこか風刺的な、あるいは理論的なイメージが多いのではないだろうか。本書にあるのは、もっと個人的な、手触り感のある社会主義の描写だ。小学生時代に東欧に住み、のちにロシア語の通訳として有名になった女性のノンフィクションである。
みんな平等という理想を掲げているはずなのに、個人の自由を制限して結局は一部の特権階級を生んでしまう社会制度、そう一言で言ってしまうのは簡単だ。だけど、自分もまたそういう社会に住んでいて、そういった特権階級の子息が学校の友達である場合、なんとも言えない気まずさが生まれてくる。結局のところ、こういった、なんか違うな、という違和感の集積が制度を維持できなくなるまで膨れ上がったわけで、そういう意味で、この社会主義というマクロの怪物を前にして、いかにひとりひとりの人間がミクロで振り回されていたかという記録は、大変興味深いものだった。そこで無味乾燥な現代史は、かつてこんなものすごいものがいたのだ、とその一端を垣間見せてくれるのである。