ノア 約束の舟

旧約聖書ノアの箱舟のエピソードをそのまま忠実に映画化したといわれる本作ですが、際立っているのはその選民思想でした。善良な自分たちと悪いあいつらという図式が刷り込まれるように何度も出てきて辟易とします。主人公ノアにとっては、親の仇でもあるので、まあしかたないというのもわかるのですが、それでもカイン一族への憎悪はすごくて、けっこう躊躇なく殺してます。神の啓示があったときも、この洪水を機に地上から愚図の血筋を根こそぎ刈り取ってやる!と言わんばかりです。当然、箱舟に入れてもらおうとした他の人間達は、全部暴力で排除します。慈悲はない。
洪水の後も、自分の家族も含めて人類は地上からいなくなったほうがいいと考えて、孫を殺そうとしますが、家族から猛反対されて、最後にやっと踏みとどまるという展開があります。殺さなかった理由は、愛とか慈悲とかそういうことらしいですが、前半のカイン一族の民族レベルでの虐殺を見てきた身として、腰を抜かす勢いです。
神の啓示とやらを受けてからすっかり気がふれてしまったノアと対比されているのが、カイン一族の王であるカインさんです。このカインさん、行動が非常にストレートでして、資源が足りなくなれば、自分が生き残るために他の部族を襲う、洪水がきたらノアの箱舟を略奪しようとする、と、わかりやすいぐらい利己的です。そしてカインさんは、そんな自分たちの生き残ろうとするために利己的に行動することを、人間的である、と表現します。それは作中では、とりわけノアの視点からは、醜いものとして描かれているのですが、個人的には非常に共感できる、どこにでもいる普通の立場なわけです。これはむしろ、醜くても生きのびようとする人間らしさを、民族浄化という極限状態の中で描こうとした映画なんじゃないかと思えてくるぐらいです。がんばれカイン、お前がナンバーワンだ(human的な意味で)。この映画は、マンガ版ナウシカとは正反対なのですね。
あと天使が光の集合体だったり、神は言葉を一切発しなかったりするのが面白かったです。ベストシーンは、天使が地上に落ちてきて泥みたいなのに絡みとられているシーン。