メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故 / 大鹿靖明

原発のコストは安いのか高いのか、再生可能エネルギーとしてこれから競争力を持つのは太陽光なのかどうか、そういった基本的な事実の認定にさえ、社会的なコンセンサスはできていない。では、どうすればいいのか。ハイエクなら、「市場に発見してもらう」と答えるだろう。
たとえば、東電を送電会社・火力発電会社・原子力発電会社・再生可能エネルギー発電会社に分割し、それを市場で売却して原発事故の損害賠償にあてるというプランを考えてみる。この場合、原子力発電会社の株価や社債価格は、原子力のリスクを織り込むはずなので、本当に原発が危険で、そのために経済的にも割に合わないものだとしたら、誰も株や社債を買わないだろう。そうすると、資金調達が困難になり、原子力は市場で淘汰される。
逆に、今のように東電を丸ごと救済することは、どんな危険なことをしても政府が救済してくれるというメッセージを市場に与えてしまい、いつまでも危険な事業が生きのびることを許してしまうだろう。
では、なぜ歴史はかくも残念な結末を辿ったのだろうか。原発事故直後の政策決定過程を丹念に辿ることで、本書はそれを明らかにする。一つのターニングポイントは、経産省の松永和夫事務次官三井住友銀行の東電への緊急融資に、暗黙の政府保証を与えてしまったことだろう。口頭の、曖昧なお墨付きではあったが、このせいで債権者の側は「まあ、政府が保証してくれるらしいから大丈夫か」と期待してしまった。
ここで粛々と「融資先が潰れそうだから政府保証をくれ、というのは虫が良すぎるのではないか。あなた方銀行は、融資先がデフォルトするリスクを織り込んで、貸出の可否や利率を決めたのではなかったか」と政府が突っぱねていたら、市場メカニズムの機能する道もあっただろう。