日本で株主主権を叫んでも空しい理由――牧野洋「不思議の国のM&A」

コーポレート・ガバナンスの世界ではとにかく株主主権は人気のある概念だ。グリーン・メーラーを助長すると批判されたブルドックソース事件判決も、結局は「株主が決めたのだからよい」という点で正当化がなされている。
しかし、日本において株主主権を貫くことには問題がある。株主主権を正当化する根拠は、株主は企業価値の残余請求権者であり、企業価値の向上へのインセンティブが他のアクターよりも高い、という点が挙げられる。つまり株主の投資家としての側面を重視しているのである。では、日本の株式会社の株主は、はたして投資家なのだろうか。
答えは、否である。
日本において株主は、その会社の取引先であることが多い。つまり、取引先同士がお互いに株式の持ち合いをしているのである。この株主は企業価値の最大化を図り、キャピタル・ゲインやインカム・ゲインを得ることにはあまり興味が無く、むしろ投資先の取締役から「よい取引先」と思われることに熱心だ。ときには取締役の保身を助けることもあるだろう。また、そうした恩を売ることで、こちらの保身を助けてもらうという互恵的関係も見られる。
また株式の持ち合いは、原則、取締役会の承認や株主総会の承認を要しない。また取締役に告知する義務もない。それゆえ、株式持ち合いこそ最強の買収防衛策だといえる。

ディスカウントTOBという謎現象

日本の株主が投資家として行動していない証拠資料を2つ挙げたい。1点目は、ディスカウントTOBの多さ、2点目は、浮動株比率の低さ、である。
まず1点目から説明する。ディスカウントTOBとは市場価格よりも低い価格で行われるTOBで、一見非合理的な行動に思える。TOBは経営支配権を握れるほどの大量の株式が移転するため、それに応じたプレミアムが市場価格に上乗せされるのが通常だ。そんなTOBを市場価格よりも低い価格で行うなんて、投資家としては非合理的としか言いようがない。
が、彼が投資家でないのなら合理的でありうる。なぜなら、対象会社である取引先へと経済的利益を移転させることで、買収者はその取引先に恩を売れるからだ。一時的な損も、長期的に強固な取引関係を築く初期投資と考えるならば、十分に合理的となる。

浮動株比率の低さ

2点目は、浮動株比率の低さである。アメリカやイギリスでは、キャピタル・ゲインやインカム・ゲイン目当ての投資家が多数を占めているが(約90%)、日本ではその割合は少ない(約45%)。つまり取締役に都合のいい安定株主の割合が高いのである。それゆえ、純粋に投資目的の株主(個人と外国人)が経営に与える影響は小さく、日本の株主は投資家として行動していないといえるだろう。