復興をエクイティ・ファイナンスする――伊藤滋, 奥野正寛, 大西隆, 花崎正晴「東日本大震災 復興への提言」

政府の復興対策本部によれば、復興資金は原発事故の損害賠償を除いても23兆円に及ぶ。 これほどの資金をファイナンスするためには政府の徴税権に基づいた金融が不可欠だろう。つまり、増税である。すでに「寄付」という名で自発的な所得移転は行われており、まだ日本国民がそうした美徳を保持しているのならば、増税という形で強制的な所得移転をしても、そこまで反発はされないだろう。
これにたいして、経済への短期的な悪影響を避けるために国債を発行するという意見もある。しかし、それは増税の先送りであるし、財政赤字を拡大させるというデメリットもある。ここで増税国債発行の最適な比率について考察したいのもやまやまだが、本論では国民負担を増やさない形での復興を考えてみたい。それは、復興を民間の金融機関によってエクイティ・ファイナンスできないか、ということだ。
 

なぜ民間によるファイナンスが可能か

それは、復興がわかりやすい投資機会だからだ。今の日本では市場が成熟してしまい、新たな「豊かさ」・「価値」を企業が提供することが難しくなっている。そのため企業が新たな設備投資を控え、資金需要は減り、金利は低く張り付き、デフレが継続している。つまりお金は余っているが、それを使うところがないのだ。一方で、地震によりインフラが壊滅し、手元の運転資金もショートした被災地のビジネスマンがいる。彼らは逆にお金がなく、それを使うべきところを山ほど抱えている。つまり、投資機会のない黒字主体と、投資機会を持った赤字主体がいるという、金融が有効な典型例なのである。
もちろん、民間部門だけで復興というプロジェクト全体をファイナンスすることは不可能だろう。まずビジネスを安定して行うためにはインフラの整備が必要であり、それは都市計画・防災計画を担う公的部門との協調によって初めて可能になる。また、高齢者など働けない人々も多数いる以上は、政府の役割は大きいものとなる。

なぜエクイティ・ファイナンス

ただ単に復旧するだけなら、デット・ファイナンスでも可能だろう。原状回復だけなら、それがどれほどのコストを必要とし、どれほどのリターンを得られるかは経験的に判断がつく。だから復旧するだけなら、ローリスク・ローリターンのデット・ファイナンスで十分である。
しかし、復興は、復旧以上のものだ。津波対策のために沿岸部を無人地帯にし、内陸部にインフラコストの低いコンパクトシティを作るなど、全く新しい都市と社会を作るのが復興だろう。そうしたリスクの高い試みには、エクイティ・ファイナンスが適しているはずだ。民間部門だけではあまりにもリスクが大きいというのなら、官民で折半出資した「東北復興公社」をつくるということも考えられる。
―――というようなことを本書を読む前に考えていた。本書はいろんな分野の専門家が持論を語っており、お互いに矛盾する提案もあるが、参考になる意見も多い。以下ではとくに気になったものを紹介する。

柳川範之「復興に民間の資金と活用を」 302p

著者の主張は、僕の提案と近いうえにより具体的。改正PFI法を利用して、インフラファンドをつくり、そのファンド経由で民間の事業提案を採用しようというものだ。インフラファンドの出資者も、できれば民間のプレーヤーであることが望ましいですが、政府が出資してもいい。

花崎正晴「復興にマイクロファイナンスを活用せよ」 192p

マイクロファイナンスは無担保融資なので、被災によって資産価値が紙くずになった今回のケースで有効であるという主張。たしかに、その点はうなずけるが、一方で問題もある。マイクロファイナンスは無担保というリスクを取っている分、債務者に要求する利子(リターン)が高い。高齢者の多い被災者が、そのような高利回りの投資機会を持っているかというと、疑問である。
また債権回収の点でも不安が残る。グラミン銀行では、債務者を5人集めて「5人組」をつくり、債務者同士に利払いを相互監視させる仕組みをつくった。こういったシステムは、コミュニティの流動性が低い農村部では有効だろう。しかし、現在の日本のようにコミュニティからの退出が容易な社会では無理だ。
またグラミン銀行は男性にはほとんど貸さない。女性、とくに子持ちの女性に融資する。なぜかというと、男性はコミュニティへの帰属が弱く、ふらふらとどっかに行ってしまうリスクがあるが、子持ちの女性はまさに地域に根付いた存在であり、余所に行きようがないのだ。そういう、回収しやすいところを狙って貸しているのである。こういった点からも、マイクロファイナンスが機能するためには、流動性の低いコミュニティが前提になっていることがわかる。

金本良嗣「リスク管理政策と電力不足対策」 157p

津波により浸水した土地の収用と住民の高台への移転を簡単にするために、所有権の証券化を提案している。現状では民法177条により、登記が対抗要件になっている。これは土地が二重譲渡された場合に、どちらが真の所有者であることを決めてくれるルールなのだが、そもそも二重譲渡が発生するような制度設計がカスなのでは。株式のように、財産権を証券化して、電子取引市場を整備したら二重譲渡の発生の余地も無くなるかもしれない。また取引コストの削減は、取引自体を増やし、不動産市場そのものを活発にさせるという副次的なメリットもある。この論文ではさらっとしかふれられていないが、研究すると面白いイシューだ。

玄田有史・大堀研「すみやかな復興のためにこそ、ていねいな対話が不可欠」 54p

分散した市町村を元通り復旧するのはコストが掛かるので、住民をコンパクトシティに集中させて復興しようというプランが有力だ。しかし、住民の多くは住み慣れた土地とコミュニティへの愛着があり、その感情を無視して性急に計画を進めてしまうと、思わぬトラブルが発生する、というのがこの論文の趣旨である。復興に「やらされてる感」を出してはダメで、あくまでも「自分たちがメインの復興」であることを納得してもらう作業が必要、という主張にはうなずける。