ノーベル賞作家 マリオ・バルガス=リョサ氏講演会 「文学への情熱ともうひとつの現実の創造」の要約 part3

フィクションの役割

アメリカ人のカップルはその後のマチゲンガ族のコミュニティで暮らした。マチゲンガ語を話す子どももできたほどだ。私はこのカップルに再度会ったとき、例の語り部のことを覚えているかと聞いたが、その返事はがっかりするものであった。
彼は語り部のことを忘れてしまっていた。どうやら語り部はあの後二度と戻ってこなかったらしい。またマチゲンガ族もこの語り部については話したがらず、露骨にごまかそうとした。
どうやらマチゲンガ族にとって、語り部は本当に大切なものらしく、それゆえに語りたくないものらしい。つまり、マチゲンガ族の現実を、西洋化された現実から隠しておきたいのだ。マチゲンガ族はあの語りを神聖な秘密としており、コミュニティ意識・部族のアイデンティティを守ろうとしているのである。
このエピソードは、我々にフィクションの役割について教えてくれる。フィクションは、我々とその他を分けるのだ。
オーディオ・ビジュアルの氾濫により、我々の内なる秘密の世界は破壊された。我々は有益なもう一つの現実を失った。そして残った通常の現実を、独裁政権は「よいものだ」と肯定する。しかし、はたしてそうだろうか。その現実が、人々を孤立させてきたからこそ、人々は現実では叶わない願望を込めた物語を、共有し、語り継いできたのではないだろうか。