ノーベル賞作家 マリオ・バルガス=リョサ氏講演会 「文学への情熱ともうひとつの現実の創造」の要約 part2

マチゲンガ族の語り部

ここでひとつ、個人的なエピソードについて語ろう。これは、文学が社会にとっていかに重要かを示すものだ。私は以前、人類学者の先住民の調査に同行して、ペルーの国土のアマゾンへと出かけたことがある。それにはアメリカ人の言語学者兼宣教師のカップルも同行した。このカップルは先住民のマチゲンガ族の言語を学び、彼らに聖書を訳して教えることになる。
マチゲンガ族は「文明化」されていないコミュニティだ。彼らはゴムの栽培などで生計を立てていたが、西洋文明がゴム栽培のための開墾を拡大すると、それに追われてコミュニティは離散してしまった。中には村を構成できず、一世帯だけになってしまったところもある。
そんなマチゲンガ族のコミュニティに語り部がやってきた。語り部は村から村へ渡り歩く存在で、この語り部の到来はコミュニティにとって重要なものであった。村人は語り部を囲い、夜通しでその語りを聞く。語りは複数の現在の出来事や、過去の伝説が混在するもので、村人はトランス状態でその物語に没頭する。この語りに同行した例のアメリカ人カップルは、このときの体験をとてもおそろしいものだと私に伝えてくれた。村人たちの異様な興奮についていくことができなかったらしい。
この語り部が行ったことこそが、私のやりたいことなのだ。語りは、コミュニティのメンバーに「あなはた一人ではない。同じ過去を共有する仲間だ」ということを教えてくれる。それは孤立したマチゲンガ族を結ぶ、コミュニケーションなのだ。
私はこの話を聞いたとき、いてもたってもいられず、すぐに小説を書き始めた。それは「密林の語り部」という本になった。