魍魎の匣 / 京極夏彦

京極堂シリーズ第2作目。箱を祀る奇妙な霊能者。箱詰めにされた少女達の四肢。そして巨大な箱型の建物――箱を巡る虚妄が美少女転落事件とバラバラ殺人を結ぶという話。前作よりもボリュームがあり、エンタメとして文句無し。ただ序盤が少し冗長だったのが残念。
さて、「妖怪」とは理解不能の謎現象ということでしたから、それは人に憑く憑き物です。京極堂シリーズは、トリックの解明よりもこの憑き物を落とすことに重点を置いています。事件が起きているのに事件が起きていないように見過ごしてしまったり、逆に事件が起きていないのに事件が起きているように錯覚してしまう、その人の心を理解することこそ大切なのです。そしてその妄念を解体することで、妖怪が跋扈する世界から現実と地続きの日常の世界へと帰ることができます。京極堂はこういいます。

この世には不思議なことなど何もないのだよ――


この世界で起きていることは全て起こるべくして起こったことであり、それを不思議に感じるのは人の心なのです。不思議を捏造する価値観こそが、妖怪を生むわけです。京極堂は人に憑いた妖怪を祓うために、妖怪が成立した過程を大量の文献と資料で説明し、日常を離れた価値観がどうして生まれたのかをわかりやすく解明します。近代合理主義の視点のもとでその謎を解き明かすことで、妖怪という不思議は消滅し、後には起こるべくして起こった必然が残るのです。
憑物落としというパラダイムの解体は、事件のトリック解明と同時に進行します。それまで複雑に絡み合った謎が一挙に解きほぐされる様はなんとも痛快であり、霧が晴れたような、あるいは暗い森をやっと抜け出たような安堵を感じられます。
余談ですが、この作品はハードSF好きにも楽しめると思います。妖怪の考証は実に科学的ですし、民俗学のほかに本書は量子力学ネタまで扱っています。SFなら、事実を組み合わせてとんでもない結論をだし、センス・オブ・ワンダーって感じですが、これは事実を組み合わせてとんでもない結論(妖怪)を証明し、それを近代合理主義のもと解体するって感じです。ちょっと似てません? あと超能力探偵なんてものもいますが、性格が変人すぎて事件解決に寄与しないので、これはSF要素っていうよりもギャグ要素って気がします。