ベルカ、吠えないのか? / 古川日出男

20世紀は戦争の世紀であり、軍用犬の世紀だった。人間に利用される犬、それでも逞しく生きる犬……叙事詩のように綴られた犬たちの物語。ダビスタの主人公を馬から犬に変えて、戦争への風刺をまじえながら物語にしたって感じです。競走馬なら競馬という平和なゲームに参加するんですが、軍用犬なので戦争という血みどろゲームに参加します。メジロ牧場の父子三代天皇賞制覇とか、そういう血統のロマンに感じ入る人はハマると思います。


スピード感のある海外小説のような文体もいい。チャック・パラニュークが近いかも。でもところどころ読者サービスもあるので、決して堅苦しくはないです。たとえば中国の毛沢東ソ連フルシチョフが核問題をめぐって対立するシーンではこうです。

役立たず、と毛沢東は思った。
むしろフルシチョフ、と毛沢東は思った。おい、ニキータ……お前の核は、背面の脅威だ!
そしてフルシチョフもまた、なに暴走してんだよ毛、と思った。

核戦争が勃発しちゃったらどうするの? まいったなあ。こっちはてきとうに「米ソ協調路線」とか謳って、大戦に発展しかねない芽だけ摘んでるのに、もう。馬鹿。
フルシチョフは口には出さないが、あのね、と思った。うちとアメリカにだけ世界支配させておけば、いいの。

政治的背景の説明はともすれば教科書丸写しのつまらないシーンになってしまいがちなんですが、それを子どものケンカレベルにまで単純化しているのでわかりやすい。いいよいいよーその調子でエンタメがんばってー。でもちょっと犬にロマンを込めすぎな気はしました。「犬はそんなこと考えてねーよ! 早くご飯になんないかなあとか、最近散歩に連れてってくんないなあとか、そんなことしか思ってないよ!」という乾いたリアリズムをお持ちの方は、つまづきそうです。
残念ながら、私はどっちかといえば後者でした。ラストのシーンも感情移入があまりできなかったせいか、肩透かしを食らった気分です。世界史とリンクしながら展開する物語や軍用犬の系譜が最後のベルカへと収束していく構成は、たしかにスゴイ。スゴイんだけど、その分描写の深さが足りないんです。だからあんまり評価できない。個人的には「ベルカ」よりも町田康「告白」ですね。
なんでこの2つを並べたかというと、そもそもこの本を知るきっかけになった企画「本屋大賞をメッタ斬り!」が褒めちぎっていたからです。面白いんですが対照的な作品でした。