「宝石の国」が面白い

基本的に、完結していないマンガを紹介しても、皆さん忙しいのであんまり読んでくれないし、そらそやろな、という気もするので憚られるわけなのですが、それでも、それでも言わせてほしい。「宝石の国」が素晴らしい、と。もともと、絵柄も、間の取り方も、すごい独特で、ほーん、という感じで読んでたのですが、なぜか、つい、読み返したくなるんですね。不思議と。

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青春とは一体なんだったのか――恩田陸「夜のピクニック」

何かを定義するのは、哲学者の仕事であるらしい。

世界とは何か。時間とは何か。認識とは何か。言葉とは何か。

定義されるのは、きまって、抽象的で、思弁の対象とすることが格好いいものだ。そして哲学者が相手しないような何かを、作家が相手にする。恩田陸は、この作品で、「青春」とは何かを定義しようとして、夜に全校生徒がひたすら80km散歩するという謎の行事の中、二人のわだかまりが融けていく物語を描き出した。それは「人生」が本格的に始まる前であり、それは男女の「恋愛」でもなく、シンプルで爽やかな後味の「友情」でもない。しかし、「青春」とは何なのだろうか。私たちはどう「青春」に向き合うのが正解なのだろうか。

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MBA受験生は必読――ふろむだ「人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている」

非常に面白かった。欧州のトップスクールに留学していると、キャンパスビジット対応で「MBAに来ると、どんないいことがあるのか?」と聞かれることが多い。「MBAでどれだけスキルが磨けるのか? そもそも、どれだけ優秀な人ならMBAに来れるのか?」といった問いもよく聞かれる。
就活ランキング上位の大手企業の方が、就活生のようなフレッシュさで目を輝かせながら質問してくるので、ついつい、こちらもドヤ顔でアピールしてしまう。
しかし、本音を言えば、MBAなんて「ぱっと見なんかスゴそうな奴が、ぱっと見なんかスゴそうなキャリアアップをするための、転職予備校」に過ぎないと思う。
基本的にみんなグローバル企業出身で、何か国語も喋れて、性格もナイスガイなエリートなので、最初会うと「おー!すげー!」と圧倒されるが、いざ一緒にグループワークしてみると「……ん? こんなガバガバな詰め方でいいのかこれ?」と首を傾げることも多かった。
StrategyもFinanceも、講義で得られる知識は、翻訳されている書籍を読めば十分だし、いくらクラスやグループワークの議論で鍛えられるとはいえ、ものすごく実力が伸びるわけではない。しかし、そんなことはお構いなしに、みんないいところからオファーもらっているのだった。

ハロー効果、錯覚資産

本書によれば、こうした事態はすべて脳のバイアスによって説明できる。企業の採用担当者は、ある人のポジションへの適性・実力を適正に判断しているつもりでも、学歴(MBA含む)・職歴・第一印象といった論理的な結びつきのない属性から判断してしまいがちなのだという。簡単に言うと、真の実力なんてものはよくわからないので、わかりやすい肩書に引っ張られて、「ぱっと見なんかスゴそうな奴は、たぶんこのポジションでも良いパフォーマンス発揮するだろ。ぱっと見なんかスゴそうだし」と無意識に結論づけてしまうのだ。これをハロー効果という。
こうした"錯覚"の"資産的価値"は半端ない。実力を伸ばす地道で律儀な努力よりも、はるかにROI(投資によって得られる効果)が高い。

ハロー効果を積み重ねていく運ゲー

とはいえ、MBAはその選抜の段階から「ぱっと見なんかスゴそうな奴チャンピオンシップ」だ。アプライする時点で、それなりにキラキラしたCV(履歴書)を用意しないといけないし、エッセイでも、わかりやすくて一貫性のある印象的な人生のストーリーを語らないといけない。初めの取っ掛かりは、どうすればいいのだろう。

まずは、いろんなことに、小さく賭ける。ハロー効果が得られそうな仕事や役割に手を上げ、いろいろチャレンジしてみる。チャレンジして成功するかどうかなんて、運次第だから、たくさんチャレンジするしかない。サイコロで当たりを出すのに一番効果的な方法は、たくさんの回数、サイコロを振ることだからだ。
(中略)
ミソは、これは運ゲーだけど、「当たると、当たる確率が上がる運ゲー」だというところだ。だから、いきなり大きく賭けるのは、損なのだ。どうせ大きく賭けるなら、当たりが出て、確変が入ったときに、大きく賭けたほうが、はるかに勝率が高くなる。


実力さえ磨けば自ずと成功すると信じている人は、技術さえ磨けば自ずと商品が売れると信じている日系メーカーに似ている。
評価されるかどうかも運ゲーなところがあるので、とにかく試行回数を増やすしかない、という局面もある。また、自分を評価する立場の人の意思決定プロセスは、実はどうしようもなくバイアスがかかっており、それをうまく利用するマーケティングの方が、ズルいようだけどROIが高かったりするのだ。

教育関係者は必読――新井紀子「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」

機械学習(世間でよくいわれるAI技術)は、文章の意味を理解することなく、統計的に「だいたいあってる」答え(パターン)を導き出しているだけのアルゴリズム。深層学習でその精度が高くなったので話題になっているにすぎない。
しかし、そんな程度の機械学習よりも、現実の中高生の読解力が低いことが判明。彼らは、文章の意味を理解することなく、単語の羅列から一番それっぽい回答を選択している。このままでは、AIを導入する企業との競争に既存企業が負けて、今後20年で大規模な失業が発生するというシナリオが予想される(要約)。

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MBA留学する前に読んでおきたい5冊

MBAは何かを学ぶ場というよりも、知識も経験もある社会人が、お題に対して自らの仮説を提示したり、クラスメイトの仮説をクリティカルに検証する場なので、丸腰で臨むと死ねます。なので、講義では当たり前すぎてスルーされるけど、やっぱりこれは知っておいた方がいいんじゃないか、という基本装備を紹介します。

津田久資「「超」MBA式ロジカル問題解決」

タイトルがちょっとアレなんですが、仮説思考、MECEがとてもよくまとまっています。課題を解決するアイディアがぱっと思いつけば最強なんですが、私たち凡人にはそれは無理なので、状況を場合分けして、とにかく手触り感のあるレベルまで細分化してから、考える、というプロセスを踏まないと何もいいアイディアが浮かばないんですよね。
例えば、「公園のハトが減っているが原因を洗い出せ」って言われても、パッと「環境ホルモンかなんか?」としか思わないのですが、もれなくだぶりなく、場合分けしていくとこんな感じになります。

  • まず、ハトの減少は、(1)流入減少か、(2)流出増加に場合分けできます。
  • (1)流入減少は、(i)ひなの数減少×(ii)ひなの育つ率の減少に場合分けできます。
  • (i)ひなの数減少については、(i)卵の数減少×(ii)卵の孵化率減少で説明できます。
  • (i)卵の数減少は、つがいの数が減った or 一つがい当たりの卵の数が減った、しか論理的にありえません。

ここまでいくと、最初よりも大分発想しやすくなるんじゃないかと思います。最後は、ロジカルシンキングだけではたどり着かない、ある種の「跳躍」が必要なのですが、その精度を高めるための下準備が、仮説による場合分け、というわけです。


安宅和人「イシューからはじめよ」

基本的な思考のフレームワーク本として、これもオススメです。MBAの講義はケーススタディなので、事前に膨大な情報のある(そして同時に散漫な)ケースを読み込む必要もあります。また教科書も読んで来いと言われるので、とにかく情報量が多い。
なので、結局「白黒はっきりさせないと致命的な仮説・主張はなにか」というイシューを見極める必要があります。
なお、イシューは、「Why」ではなく、「Where」「What」「How」のように具体的な問いになっています。
イシュー・ドリブンはケースだけじゃなくて、ビジネスプランを一から企画するプロジェクトでも有効です。たとえば、起業プロジェクトでは、3つのスタート地点があります。(1)顧客のニーズ、(2)テクノロジー(AI、IoT、ブロックチェーン……)、(3)人(こいつならこれができる)。このうち、(2)と(3)はイシューになりづらくて難易度が高いです。何をどのようにやれば売上が立つのか、という思考ではなく、とりあえず今ある道具でどこまでできるかという思考なので、いっぱい調べてパワポの枚数は増えたけど結局インプリケーション皆無なゴミ資料が出来上がります。つらい。
(1)については、イシューになりえます。すなわち、

  1. どこかに具体的に困っている人を見つけて(Where)
  2. その人がお金を払ってでも片づけたい用事は具体的に何かを定義し(What)
  3. その用事をどのように片づけてあげるかに答える(How)

これができれば、売上が立ちます。


クレイトン・M・クリステンセン「イノベーションのジレンマ」

名著of名著。あまりにも名著すぎて、みんな知ってるよね?というノリで講義でもさらっとしか説明してくれません。つらい。優秀な人を高給で雇えて資本力もある大企業がなぜ、時代の変化についていけずに、ぽっと出のベンチャーに負けるのか、という失敗の経営学ですね。成功例だけ集めて再現性ゼロの法則を語る本より100倍役に立ちます。
ざっくり概要だけ言うと、大企業は優秀な人を雇っているがゆえに負ける、というのが結論です。すなわち、優秀な人を養うにはそれなりに大きい市場を相手にする必要があるため、大企業は、その構造的に、しょぼい市場は無視せざるを得ないわけです。しかし、大企業がしょぼい市場(ユーザー数も少なく、製品のクオリティも低く、商品単価も低い)と認識していても、ひとたび市場が存在すれば企業の設備投資により急速に技術は伸びるので、どんどんユーザー数も、クオリティも、単価も伸びていきます。
一方、大企業は、よりハイクオリティ・高単価の市場に「選択と集中」する、という手がありますので、まだまだ余裕です。しかし、その余裕によって意思決定が遅れ、最終的には衰退します。

  • コダック「ソニーのデジカメ? やっぱフィルムは紙だよ。あんなクオリティ低いの、おもちゃみたいなもんだよ」
  • ガラケー「スマホ? あんな低機能な商品にうちの高機能商品が負けるはずない」
  • 据え置きゲーム「ソシャゲ? あんなしょぼいグラフィックの商品、ゲームとは呼べない」

はい。無事死亡しましたね。
いつか、そのうちと言っているうちに人生は終わる。だから読むんだクリステンセンを。


ダニエル・カーネマン「ファスト&スロー」

これは直接役に立つというよりかは、教養枠ですね。行動経済学の選択科目では必ず紹介されますし、リーダーシップや起業論でも紹介されます。なぜかと言うと、これらの領域って十分な情報がない不確実性の高い状況下で意思決定しないといけないんですよね。そうすると、人間の認知の仕様上、バイアスのある直感で、えいやって決めてしまいます。少なくとも、どういう方向のバイアスがあるのか、ということを知っておくのは有用です。
たとえば、まったく知見のない領域で「はい、今から5分間周りの人とディスカッションしてくださいねー」と言われても、「人間の認知にはバイアスがあって、このケースでは、みんなAという方向に行きがち。そっちはレッドオーシャンだから、あえて反直観的なBを選ぶべき」と発言して、会話を成立させることが可能です。


瀧本哲史「僕は君たちに武器を配りたい」

これも教養枠ですね。「コモディティになるな」というキャリア論でもあります。コモディティ化した個人とは「今やっていることをほかの誰かと交換しても、代わり映えしない労働力」であり、企業の側からすると徹底的に安く買いたたける存在でしかありません。MBAに来る人は、コモディティになりたくない、ハイスキルのプロフェッショナルになりたい、あわよくばスケーラビリティのあるクリエイティブ・クラスになりたい、という人たちばかりです。どういうマインドセットの人がクラスメイトになるのか、というのは知っておいて損はないですし、単純に人生論として面白いです。

自分の欲望を持たない者は、他者の欲望の対象を欲望するしかない――西加奈子「うつくしい人」

そのような者は、誰かがほしがるものしか、ほしがることができない。本作の主人公は、まさに、他者の欲望に欲望していたのであり、そのどこまでもいってもキリのない地獄に息苦しさを覚えていた。一方で、姉は、自分の欲望を持つ者<うつくしい人>であった。姉は、他者の欲望のゲームにおいては、底辺に位置するみじめな存在かもしれない。だが、自分の欲望を自覚し、他者の欲望を意に介さないという点において、自由であり、それを主人公は<うつくしい>と呼ぶのであった。この醜さが美しさへと転置される展開は見事であり、すがすがしい思いで読んだ。

だが、違和感を覚えたところもある。

たとえば、主人公にとって、<他者>とは何者なのだろうか。主人公が気にしている、<皆>とは、具体的に誰を指すのだろうか。

私は「皆が認める」、社会的に地位のあるいい男と付き合いたい。「皆が羨ましがる」立派な職につきたい、絶対に人に面倒がられる女にならない。皆の前で取り乱したくないし、空気の読めない女などと言われたくない。惨めな30代を送りたくないし、若い子に馬鹿にされたくない。*1

*1:140p

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何食ったらこんな偉大な思想家が生まれるのか徹底解説――J.S.ミル「ミル自伝」

個人的に尊敬する思想家としてはハイエク、ニーチェあたりを筆頭に、ヒューム、ノージック、フーコー、アドラーあたりを挙げるわけなんですが、やはりミルもすごいですよね。LiberalでDemocraticな社会の源流というか、今の当たり前がまだ当たり前でなかった時代の先駆者なわけですから、そりゃ偉大ですわ。さて、そんな自由主義者がいかにして生まれたのか、どのような環境で育ち、どういった人や本に影響を受けたのか、を綴ったのが本書。当時の社会情勢も実況されていて、読み物としても普通に面白い。
ミルさんは、めっちゃ謙虚な御仁なので、あれですよ、自分なんて別に大したことない、ただ単に周りのすげー奴の話を論理的に整理してまとめて議論したり出版しただけ、なんて言ってますけど、経歴見る限り、やっぱミルさんも半端ないです。ポイントは3つ。
(1)ほとんどヒントを与えられず何事も自分で考える教育を徹底的に受けた、(2)演説やディベートで当時の知識人と議論しまくった、(3)本業はサラリーマンで、副業として思想・学問をやっていた(生活のために研究すると徹底的な思索ができないと危惧していた)。

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